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春はただ昨日ばかりをうぐひすの
かぎれるごとも鳴かぬ今日かな

歌の意味
春はただ昨日までだと、うぐいすが期限を切ったかのように、鳴かない今日であることだ。
鑑賞
131 鳴かぬ今日

 先の帝である醍醐天皇の時代、卯月の一日に、うぐいすが鳴かない理由を詠めと帝が命じられたので、源公忠が詠んだのがこの歌である。地の文はこれだけで、段はこの一首をもって閉じられる。
 源公忠は近江の守を務めた人で、四段では小野好古に昇進の知らせを歌で伝え、百一段では藤原季縄の死に立ち会っている。三十六歌仙の一人に数えられ、続く百三十三段にも登場する。醍醐天皇は先の帝と呼ばれ、百三十二段から百三十四段にも現れる。
 場面は宮中である。卯月の一日、すなわち陰暦四月一日で、夏の初日にあたる。
 詠出の直接の契機は、うぐいすが鳴かない理由を詠めという帝の命である。題を与えられての即興にあたる。
 段はこの一首で終わり、帝の反応も後日のことも語られない。この歌は公忠集に収められている。

 「春はただ昨日ばかりを」は、春はただ昨日までだと、の意である。四月一日は暦の上で夏に入る日であり、前日までが春であった。
 「うぐひすの」で、鳴かない当の鳥を置く。うぐいすは春に鳴く鳥として詠まれてきた。
 「かぎれるごとも」は、期限を切ったかのように、の意である。「かぎる」は限りを定めることをいう。鳥が暦を知っていて、春の終わりに合わせて鳴きやんだかのようだ、という筋になる。
 結句の「鳴かぬ今日かな」は、鳴かない今日であることだ、という詠嘆である。鳴かない理由を問われて、鳥が暦を守っているのだと答えている。理由を説明するのではなく、鳥に人の分別を認めてみせる形で応じた一首である。

先の帝——先代の帝。ここでは醍醐天皇。
卯月(うづき)——陰暦四月。夏の初め。
うぐひす——春に鳴く鳥。
ただ(副詞)——ただ〜だけ。
ばかり——〜まで。限度を表す。
かぎる(四段動詞)——限りを定める。期限を切る。
ごと——〜のように。
かな——〜ことだなあ。詠嘆を表す。
出典
大和物語
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