照る月を弓はりとしも言ふことは
山べをさして入ればなりけり
- 歌の意味
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照る月を弓張と言うのは、山辺を狙って射るように沈んでいくからなのだった。
- 鑑賞
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132 弓張月
同じく醍醐天皇の時、凡河内躬恒をお召しになって、月のたいへん美しい夜、管弦などの遊びをなさって、月を弓張ということがあるが、それはどのような心からか、その理由を歌に詠んでみよ、と言われるので、躬恒は階段の下に控えて「照る月を弓はりとしも言ふことは山べをさして入ればなりけり」と申し上げた。さらに歌の褒美に着物を賜って、その着物のことを「白雲のこのかたにしもおりゐるは天つ風こそ吹きてきつらし」と詠んだ。以上が段の全体である。
凡河内躬恒は古今集の撰者の一人に名を連ねる歌人で、三十六歌仙にも数えられ、三十三段でも亭子の院に歌を奉っている。醍醐天皇は前の百三十一段にも先の帝として登場する。
場面は宮中である。月のたいへん美しい夜、管弦の遊びが行われていた。
詠出の直接の契機は、月を弓張というのはどのような心からか、その理由を歌に詠めという帝の言葉である。躬恒は階段の下に控えて申し上げた。
この歌のあと、躬恒は褒美に着物を賜り、その着物を題にして次の歌を詠むことになる。
「照る月を弓はりとしも」は、照る月を弓張と言うのは、の意である。「しも」が強めの助詞である。弓張月は半月のことで、弓に弦を張った形に見立てた呼び名である。
「言ふことは」で、その呼び名の由来を問う形を受け取る。
「山べをさして入れば」は、山辺を狙って沈むから、の意である。「さす」は指し示すことと、矢を射ることとを兼ね、「入る」は月が沈むことと、矢が的に入ることとを兼ねる。
結句の「なりけり」は、そうであったのだ、という納得の言い方である。弓に見立てた呼び名を、形ではなく動作の側から説明し直している。名の由来を問われて、その名が動きの描写として正しいと答えた形で、即興の答えとして仕立てられた一首である。
凡河内躬恒(おほしかふちのみつね)——古今集の撰者の一人に名を連ねる歌人。
遊び——管弦の遊び。音楽を奏でること。
弓はり——半月。弓に弦を張った形に見立てた呼び名。
しも——強めを表す副助詞。
山べ——山のあたり。山辺。
さす(四段動詞)——指し示す。また、矢を射る。
入る(四段動詞)——月が沈む。また、矢が的に入る。
なりけり——〜であったのだなあ。気づきを表す。
- 出典
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大和物語
- その他の歌
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