古典和歌stream

思ふらむ心のうちは知らねども
泣くを見るこそ悲しかりけれ

歌の意味
何を思っているのか、その心のうちは分からないけれど、泣くのを見るのこそ悲しいことだ。
鑑賞
133 泣くを見るこそ

 同じく醍醐天皇が、月が美しいので、密かに妻たちの住むあたりを散歩なさったとき、源公忠がお供をしていた。ある部屋から、濃い紅色の着物を着たたいそう清らかな女が出てきて、ひどく泣き出した。帝が公忠をそばに寄らせて様子をうかがわせると、髪を振り乱して大いに泣いている。どうして泣くのだと言っても答えもしない。帝もたいへん不思議に思っている様子だった。そこで公忠が詠んだのがこの歌である。帝もしみじみとこの歌を褒めたそうである。
 源公忠は前の百三十一段でもうぐいすの歌を詠んでいる。三十六歌仙の一人に数えられる。醍醐天皇は百三十一段から百三十四段まで続けて登場する。
 場面は月の美しい夜、後宮のあたりである。ある部屋から出てきた女が泣いていた。
 詠出の直接の契機は、その女が問われても答えず泣き続けていたことである。
 帝はこの歌をしみじみと褒めた。段はその一文で閉じられる。

 「思ふらむ心のうちは知らねども」は、思っているであろう心のうちは分からないけれど、の意である。「らむ」が推量で、相手の心を推し量る形になる。
 「知らねども」の逆接が、分からないけれども、と下へつなぐ。理由を尋ねても答えなかったという場面が、この一語に収まっている。
 「泣くを見るこそ」は、泣くのを見ることこそ、の意である。「こそ」の係りが結句の「けれ」で結ばれる。
 結句の「悲しかりけれ」は、悲しいことだ、という気づきである。事情が分からなくても、泣く姿を見ればそれだけで悲しい、という筋になる。何も尋ね出せなかった場で、理由を問わずに済ませた点にこの歌の運びがあり、帝が褒めたのもその応じ方によると読める。

みそかなり(形容動詞)——人目を忍んでいる。ひそかである。
御曹司(みざうし)——宮中の部屋。
くれなゐ——紅色。
清らなり(形容動詞)——気品があって美しい。
らむ——〜しているのだろう。現在の推量。
心のうち——心の中。内心。
ねども——〜ないけれども。打消の逆接。
こそ〜けれ——係り結び。強調を表す。
出典
大和物語
その他の歌