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来ぬ人をまつの葉に降るしら雪の
消えこそかへれあはぬ思ひに

歌の意味
来ない人を待つ、その松の葉に降る白雪は、逢えない思いの火に、消え返るばかりだ。
鑑賞
139 芥川

 先の醍醐天皇の時、承香殿に住む女御のもとに中納言の君と呼ばれる人がお仕えしていた。そこに、今は亡き兵部卿の宮がまだ若く恋に生きていたころ、承香殿の近くに住んでいたので、趣味の分かるような人々がいると聞いて出向いて話をするのだった。そんなころ、この中納言の君とこっそり共に寝るようになった。時々共寝をしていたが、やがて宮はほとんど訪ねて来なくなってしまった。そのころ女が「人をとくあくた川てふ津の国のなにはたがはぬ君にぞありける」と詠んで贈った。こうして食事も咽を通らず、泣きながら病気のように恋い慕っていたが、あるとき承香殿の前の松に雪が降りかかっているのを折って「来ぬ人をまつの葉に降るしら雪の消えこそかへれあはぬ思ひに」と詠んで差し上げた。けっしてこの雪を落とさないで、と使いに言って、松の枝と歌とを宮に贈ったという。以上が段の全体である。
 醍醐天皇は百三十一段から百三十四段にも登場する。承香殿は後宮の殿舎の一つで、六十五段にも見える。中納言の君はそこに仕えていた女房である。兵部卿の宮は九十段、百六段、百七段、前の百三十七段にも登場し、続く百四十段にも現れる。
 場面は承香殿の前である。松に雪が降りかかっていた。
 詠出の直接の契機は、その雪の降りかかった松の枝を折ったことである。歌はその枝に添えて贈られた。
 女はけっしてこの雪を落とさないでと使いに言い、松の枝と歌とを宮に贈った。段はその一文で閉じられる。この歌は後撰集に収められている。

 「来ぬ人をまつ」の「まつ」に、待つことと、松とが掛かる。来ない人を待つことと、松の木とが一語で重なる。
 「まつの葉に降るしら雪」は、松の葉に降る白雪である。目の前の景がそのまま歌になっている。
 「消えこそかへれ」は、消え返る、すなわちすっかり消えてしまう、の意である。「こそ」の係りが「かへれ」で結ばれる。
 結句の「あはぬ思ひに」の「おもひ」に、思いと、火とが掛かる。逢えない思いの火によって雪が消える、という筋になる。雪を落とさないでと使いに言い添えたのは、この歌が実物の雪と一続きだからで、届いた雪が消えていくさまが、そのまま歌の意味を果たすことになる。贈り物と歌が一つに働く形の、極端な例にあたる。

来ぬ人——来ない人。
まつ——「待つ」と「松」との掛詞。
しら雪——白い雪。
消えかへる(四段動詞)——すっかり消える。消えてなくなる。
おもひ——「思ひ」と「火」との掛詞。
あはぬ——逢えない。
こそ〜れ——係り結び。強調を表す。
出典
大和物語
その他の歌