たつた川もみぢみだれて流るめり
わたらば錦なかや絶えなむ
- 歌の意味
-
竜田川に紅葉が乱れて流れているようだ。渡ったなら、その錦は途中で断ち切れてしまうだろうか。
- 鑑賞
-
151 たつた川
前段と同じ奈良の帝が、竜田川の紅葉が見事なのを眺めているとき、柿本人麻呂が「たつた川もみぢ葉流る神なびのみむろの山にしぐれ降るらし」と詠めば、奈良の帝が「たつた川もみぢみだれて流るめりわたらば錦なかや絶えなむ」と詠まれた。以上が段の全体である。
奈良の帝は奈良の都の帝で、前の百五十段にも登場する。柿本人麻呂は万葉集の代表的な歌人で、百五十段でも猿沢の池で歌を詠んでいる。竜田川は大和の国を流れる川で、紅葉の名所として知られる。神なびのみむろの山はその上流にある山である。
場面は同じ竜田川である。
詠出の直接の契機は、柿本人麻呂の詠んだ「たつた川もみぢ葉流る神なびのみむろの山にしぐれ降るらし」である。帝が応じて詠まれた。
段はこの一首で閉じられる。
初句は人麻呂の歌をそのまま受け取っている。同じ川から歌を起こす形で、贈答として整っている。
「もみぢみだれて流るめり」は、紅葉が乱れて流れているようだ、の意である。「めり」が目に見えることによる推定を表す。
「わたらば錦」は、渡ったならその錦は、の意である。川面に敷かれた紅葉を錦の織物に見立てている。
結句の「なかや絶えなむ」は、途中で断ち切れてしまうだろうか、という疑問である。「なか」は真ん中、途中の意である。錦を踏み破ることを惜しんで、川を渡るのをためらう形になっている。人麻呂が上流を推し量ったのに対し、こちらは目の前の水面に目を留めており、同じ景から別の方向へ歌を進めている。
竜田川(たつたがは)——大和の国を流れる川。
みだる(下二段動詞)——乱れる。散り乱れる。
めり——〜のように見える。目に見えることによる推定。
わたる(四段動詞)——川を渡る。
錦(にしき)——色糸で模様を織り出した織物。
なか——真ん中。途中。
絶ゆ(下二段動詞)——断ち切れる。
なむ——〜てしまうだろう。強い推量。
- 出典
-
大和物語
- その他の歌
-