安積山影さへ見ゆる山の井の
あさくは人を思ふものかは
- 歌の意味
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安積山の影までも映って見える山の井のように、浅い心で人を思うものだろうか。
- 鑑賞
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155 山の井
むかし、大納言が美しい娘を持っていた。帝の嫁にと思っていたところ、大納言のもとで働く内舎人の一人だった男がこの娘に惚れて、恋にやつれて病気のようになってしまった。とうとう、どうしても言いたいことが、と娘を呼び出して、どうしたのでしょうと出向いてきたところを、用意していた馬に乗せて抱きかかえ、奪い去ってしまった。そのまま安積山まで逃げ延びて住まいをつくり、女を住まわせて年月を暮らしたが、とうとう身ごもってしまった。そこで男のいない間に山の井戸に映った自分の姿を眺めると、かつての姿とも思われない恐ろしげな姿だったので、女は恥ずかしさにさいなまれ、この歌を詠んで死んでしまった。帰ってきた男は途方に暮れて、この歌を見て歌の思いを胸に、女のそばで死んだという。遠い昔話である、と地の文は結ぶ。
大納言は太政官の官職で右大臣に次ぐ。内舎人は中務省に属し、宮中の警護などにあたる下級の官人である。安積山は陸奥の国の地で、現在の福島県にあたる。
場面は安積山の住まいである。連れ去られてから年月が経ち、女は身ごもっていた。
詠出の直接の契機は、山の井戸に映った自分の姿を見たことである。かつての姿とは思えないほど変わり果てていた。
女はこの歌を詠んで死に、帰ってきた男もこの歌を見て、女のそばで死んだ。段はその顛末と、遠い昔話であるという一文で閉じられる。この歌は万葉集に見える。
「安積山」は陸奥の国の山である。逃げ延びた先の地名が、そのまま歌の初句に置かれる。
「影さへ見ゆる山の井」は、山の影までも映って見える山の井戸、の意である。「影」は姿の意で、映るものを指す。ここまでが序詞として働き、次の「あさく」を導く。
「浅く」は、水が浅いことと、心が浅いこととを兼ねる。井戸の水が浅いという景から、心の浅さへ転じる。
結句の「人を思ふものかは」は反語で、浅い心で人を思うものだろうか、いや思わない、と言う。井戸に映った変わり果てた自分の姿を見て詠まれた歌であるが、内容は思いの深さを述べている。姿の変わりようと、変わらない思いとが、井戸の水面で出会う一首である。
大納言——太政官の官職。右大臣に次ぐ。
内舎人(うどねり)——中務省に属し、宮中の警護などにあたる下級の官人。
安積山(あさかやま)——陸奥の国の山。現在の福島県にあたる。
影(かげ)——姿。水面に映る姿。
さへ——〜までも。添加を表す。
山の井——山中の井戸。
あさし——水が浅い。また、心が浅い。
ものかは——〜だろうか、いや〜ない。反語を表す。
- 出典
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大和物語
- その他の歌
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