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舟もいぬまかぢも見えじ今日よりは
うき世の中をいかでわたらむ

歌の意味
舟も行ってしまった。真楫も見えないだろう。今日からは、この憂き世をどうやって渡っていけばよいのだろう。
鑑賞
157 馬槽

 下野の国に男と女が住んでいた。長年住んでいるあいだに男は新しい妻を設けて心も移り変わり、二人の住んでいた家にあったものを新しい妻の処へすべて持ち去ってしまう。女はつらい気持ちでそのままにまかせていた。ごみほどのものも残さずに持ち去って、残りは馬槽だけになってしまったのを、男の従者であるまかじという名の童が取りに来たので、お前ももうここには来ないだろうね、と尋ねると、主人がいなくてもきっと来ますよ、と答えるので、主人に伝えて、手紙では詠まないから口で直に、と言ってこの歌を伝えると、従者は男に伝える。ほどなく持ち去った物をそっくり運び返して、もとのように、それ以来他の女に浮気することもなく、もとの女と暮らしたという。
 下野の国は現在の栃木県あたりである。男と女、いずれについても地の文に名の記載はない。まかじは男の従者である童の名である。馬槽は馬の餌を入れる器で、家財のうち最も価値の低いものにあたる。
 場面は家財を運び出されたあとの家である。残ったのは馬槽だけであった。
 詠出の直接の契機は、その馬槽を取りに童が来たことである。女は手紙にはせず、口頭で伝えよと言って詠んだ。
 従者が伝えると、男はほどなく持ち去った物をすべて運び返し、それきり浮気をせずもとの女と暮らした。歌一首が事態を覆した形で段が閉じられる。

 「舟もいぬ」の「ふね」に、舟と、馬槽の別名である「ふね」とが掛かる。馬槽が運び出されたことと、舟が行ってしまったこととが、この一語で重なる。
 「まかぢも見えじ」の「まかぢ」に、舟の両側の櫂をいう真楫と、従者の名であるまかじとが掛かる。取りに来た童の名が、そのまま舟の道具になる。
 舟も櫂もないという状態が、ここで作られる。渡る手立てが何もない、という筋である。
 結句の「うき世の中をいかでわたらむ」の「うき」に、憂きと、水に浮くとが響く。「わたる」も、川を渡ることと、世を渡ることとを兼ねる。家財を失った現実を、舟の失われた景として述べており、恨みを一言も言わずに窮状を伝えている。男が家財を返したのは、この言い方によるものと読める。

下野(しもつけ)の国——現在の栃木県あたり。
馬槽(うまぶね)——馬の餌を入れる器。「ふね」ともいう。
童(わらは)——年少の召使い。
ふね——「舟」と馬槽の別名「ふね」との掛詞。
まかぢ——「真楫(舟の両側の櫂)」と従者の名「まかじ」との掛詞。
うき——「憂き」と「浮き」とを響かせる。
わたる(四段動詞)——川を渡る。また、世を渡る。
いかで——どうやって。どのようにして。
出典
大和物語
その他の歌