人知れぬ心のうちにもゆる火は
煙もたたでくゆりこそすれ
- 歌の意味
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人に知られない心の内に燃える火は、煙も立たずに燻っているのです。
- 鑑賞
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171 くゆる火
今の左大臣が少将でいらしたとき、式部卿の宮に常に参上なさっていた。その宮に大和という人が仕えていたのを、言葉などをおかけになったので、たいそう色好みな人であったから、女はたいそう趣深くすばらしいと思った。けれども常に逢うことは難しかった。大和が「人知れぬ心のうちにもゆる火は煙もたたでくゆりこそすれ」と言いやったので、返しに「富士の嶺の絶えぬ思ひもあるものをくゆるはつらき心なりけり」とあった。こうして久しく参上なさらなかったころ、女はたいそうひどく待ちわびた。どのような心地がしてそのようなことをしたのだろうか、人にも知らせず車に乗って内裏に参上した。左衛門の陣に車を立てて、通る人を呼び寄せ、なんとかして少将の君に申し上げたい、と言うが取り合ってもらえない。ようやく取り次ぎを得て、少将は不審に思いながらも心を動かされ、広幡の中納言に相談し、左衛門の陣に宿直所の屏風や畳を持って行かせて、そこにおろしたのだった。どうしてこのようなことを、とおっしゃると、女はなにかは、たいそうあきれるほど物が思われるので、と言いさして本文は途切れる。以上が段の全体である。
今の左大臣は藤原実頼で、九十六段では三条の御息所に歌を贈り、百二十段では梅の歌をめぐる話に登場する。式部卿の宮は式部省の長官を務めた親王である。大和はその宮に仕えた女房で、この作品の題号の由来をこの人物に求める説もある。左衛門の陣は宮中の警護にあたる詰所である。なお本文の末尾には、細字で後撰集からの一首が加筆されているが、これは番号外の歌である。
場面は式部卿の宮のもとである。少将が常に参上し、大和に言葉をかけていたが、常に逢うことは難しかった。
詠出の直接の契機は地の文に記されない。示されているのは、大和が言いやった歌であるということだけである。
少将はこれに返しを詠み、段はさらに、女が車で内裏へ参上する話へと展開していく。
「人知れぬ心のうち」は、人に知られない心の内、の意である。忍ぶ恋の常套の言い方である。
「もゆる火」は燃える火で、恋の思いを火にたとえる古くからの言い方による。
「煙もたたで」は、煙も立たないで、の意である。「で」が打消の接続である。火が燃えていれば煙が立つはずだが、それが立たない。人に知られていないことを、この一語が示す。
結句の「くゆりこそすれ」の「くゆり」に、煙が燻ることと、悔いる意の「悔ゆ」とが響く。「こそ」の係りが「すれ」で結ばれる。表に現れないまま内で燻り続けている、という筋になる。百三十五段の「焚きもののくゆる心はありしかど」と同じ掛詞を用いており、この作品は火と煙で忍ぶ恋を述べる例をいくつか持っている。
今の左大臣——藤原実頼。
式部卿の宮——式部省の長官を務める親王。
大和(やまと)——式部卿の宮に仕えた女房。
色好み——恋愛を好むこと。
人知れぬ——人に知られない。
もゆ(下二段動詞)——燃える。
で——〜しないで。打消の接続。
くゆる——「燻る」と「悔ゆ」とを響かせる。
こそ〜すれ——係り結び。強調を表す。
- 出典
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大和物語
- その他の歌
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