たびごろもなみだをそへてうつの山
しぐれぬひまもさぞしぐるらむ
- 歌の意味
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旅衣に涙を添えて越えた宇津の山では、時雨の降らない間も、さぞ時雨れていたことだろう。
- 鑑賞
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第十二段 十六夜の贈答
『十六夜日記』は道中の記を終えて、鎌倉滞在中の記事に入る。東国で住む所は月影の谷というのだそうである。浦に近い山もとで、風がたいそう荒い。山寺のかたわらなので、のどかでありながら物さびしく、波の音と松の風とが絶えない。都からの便りは、早くも待ち遠しく思われるころ、宇津の山で行き逢った山伏の便に託して申し上げたあの方の御もとから、確かな便につけて、あのときの御返しと思われるものが届いた。そこには二首が書かれている。都を出たのは神無月十六日であったので、いざよう月をお忘れにならなかったのだろうかと、たいそう優雅でしみじみと思われ、ただこの返事だけを重ねて申し上げる。
阿仏尼は藤原為家の側室で、為相
為守らの母。播磨国細川荘の相続をめぐる訴えのため京から鎌倉へ下り、そのまま東国にとどまっている。歌の相手は、宇津の山で山伏の便に託して文を送った先で、原文には「やんごとなき所」とあるのみで人名の明示はない。鎌倉での住まいは月影の谷といい、原文の注記は極楽寺の地内とする。この段の三首は東国に移ってから最初の贈答であり、以後は都の人々との贈答が日記の中心となる。
弘安二年(一二七九)の冬、鎌倉の月影の谷。都から確かな便につけて届いた文の中の歌である。
宇津の山で行き逢った山伏の便に託して申し上げた「我がこゝろうつゝともなしうつの山ゆめにも遠きむかしこふとて」「つたかへでしぐれぬひまもうつの山なみだに袖の色ぞこがるゝ」への御返しと思われるもので、二首のうちの一首目にあたる。
阿仏尼はこの二首に対し、ただ一首だけを返して申し上げる。これが東国に移ってから最初の贈答となり、以後、都の人々との歌のやりとりが続いていく。
贈歌の語を一つずつ拾い上げて返した、行き届いた御返しである。初句「たびごろも」は旅の装いで、別れの贈答歌の「あだにのみ淚はかけじ旅ごろもこゝろのゆきて立ちかへるほど」以来この日記で繰り返されてきた語であり、旅する相手をまず衣の姿で思い描く。第二句「なみだをそへて」は、その旅衣に涙が添うという言い方で、贈歌が「なみだに袖の色ぞこがるゝ」と袖を主語に立てたのを、衣全体の姿へ広げている。第三句「うつの山」は贈歌の語をそのまま同じ位置に置き直したもの。第四句「しぐれぬひまも」は、贈歌「つたかへでしぐれぬひまもうつの山なみだに袖の色ぞこがるゝ」の第二句をそっくり引き取った箇所で、この一句があることによって、確かにあの歌への返しであることが示される。結句「さぞしぐるらむ」の「しぐる」は、時雨が降る意を涙を流す意に転じて用いたもので、「らむ」は目の前にないことについての現在推量、「さぞ」がそれと呼応する。贈歌が、時雨の降らない間も涙が袖を染めると言ったのを、時雨の降らない間もさぞ時雨れていたことだろうと言いかえており、涙をあくまで時雨の語で受けとめるところに、相手の歌の調子に合わせる心づかいがある。
たびごろも(旅衣):旅の装束。
しぐる(時雨る):時雨が降る。ここは涙を流す意に転じて用いる。
ひま(隙):あいだ、絶え間。
- 出典
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十六夜日記
- その他の歌
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