おぼろなる月はみやこの空ながら
まだ聞かざりしなみのよるよる
- 歌の意味
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朧にかすむ月は、都と同じ空にかかっているというのに、まだ聞いたことのなかった、波の寄せる夜々であることよ。
- 鑑賞
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第十六段 迎春、都の月の贈答
ほどなく年が暮れて、春にもなった。霞がこめた眺めのおぼつかなさ。谷の戸は隣であるけれども、鶯の初音さえも訪れて来ない。思い慣れた都の春の空が忍びがたく、昔が恋しいちょうどそのころに、また都への便があると告げる人があるので、いつものところどころへ文を書く。その中に、「いざよふ月」と詠んでお便りくださったあの方の御もとへも一首を書き送り、そのほかとりとめもないことどもを書き申し上げた。すると、確かな所を経由して、御返事がたいして間も置かずに届き、待ち受けて拝見する。この段はその贈答の二首から成る。
阿仏尼は藤原為家の側室で、為相
為守らの母。鎌倉の月影の谷に住んでいる。歌の相手は、鎌倉に着いて間もないころ、宇津の山から山伏の便に託した文への御返しとして「ゆくりなくあくがれ出でしいざよひの月やおくれぬかたみなるべき」と詠んで寄せられた、あの高貴な御方である。原文には人名の明示がなく、ここでも「いざよふ月とおとづれ給へりし人」と呼ばれるのみ。この段の二首は、鎌倉で迎えた最初の春の贈答にあたる。
弘安三年(一二八〇)の春の初め、鎌倉の月影の谷から都へ送った文の中の歌である。年が改まってはじめて迎える東国の春にあたる。
思い慣れた都の春の空が忍びがたく、昔が恋しいちょうどそのころ、都への便があると告げる人があったので、いつものところどころへ文を書く中に、「いざよふ月」と詠んで寄せられたあの方の御もとへ書き送った一首である。
御返事は確かな所を経由して、たいして間も置かずに届いた。その歌は、この一首の結句「なみのよるよる」をそのまま取り返して詠まれている。
同じ月を見ているという一点で都と結びつきながら、耳に入るものの違いで隔たりを言う一首。初句「おぼろなる」は春の月がぼんやりとかすむさまで、地の文の「かすみこめたるながめのたどたどしさ」に続く季節の景である。第二句「月はみやこの」は、いま見ている月が都にかかる月と同じものだという言い方で、この相手との贈答が初めから月をめぐって続いてきたことを踏まえる。第三句「空ながら」の「ながら」は逆接の接続助詞で、同じ空でありながら、と下へ折り返す。第四句「まだ聞かざりし」は、これまで一度も聞いたことがなかったの意で、ここで歌の中心が見ることから聞くことへ移る。結句「なみのよるよる」の「よる」は、夜という意と、波が寄せるという意との掛詞で、「なみ」と「よる」は縁語として連なり、「よるよる」は夜ごとの意になる。月は都と分け合えるが、波の音は東国にしかない、という配り方であり、駿河路の「ならはずよよそにきゝこし淸見潟あらいそ浪のかゝるねざめは」で詠まれた、波音に眠りを破られる夜が、住みついてのちも続いていることが知られる。なお異本には結句を「なみのよなよな」とするものもある。
よるよる:「夜々」の意に、波が「寄る」意を掛ける。
なみ(波):「よる」と縁語をなす。
谷の戸(たにのと):谷の入口。春に鶯が出てくる所として詠まれる。
はつね(初音):その年はじめて聞く鳥の声。
- 作者
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阿仏尼
- 出典
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十六夜日記
- その他の歌
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