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しら浪のいろもひとつにちる花を
思ひやるさへおもかげにたつ

歌の意味
白波の色も一つになって散る花を、遠くから思いやることまでもが、面影となって立ちあらわれる。
鑑賞
第十七段 為子との贈答

 権中納言の君は、ほかに紛れることなく歌を詠まれる人なので、阿仏尼はこのごろ手習に詠んだ歌どもを書き集めて差し上げる。海に近い所なので、貝などを拾う折も、なぐさの浜ではないのでやはり慰められない心地がして、などと書き添えて、五首を送る。ただ筆にまかせて思うままに、急ぐ使いだというので書きさしのようであったのを、こちらもまた間も置かずに御返事をくださった。この日ごろの心もとなさも、この文で霞が晴れた心地がして、などと書いてあり、四首が添えられていた。都から届いた四首は、送った五首のうち、第一
第三
第四
第五の歌にそれぞれ対応している。

 阿仏尼は藤原為家の側室で、為相
為守らの母。鎌倉の月影の谷に住んでいる。権中納言は前の右兵衛督為教の娘で、大宮院に仕える。為教は為家の子で為氏の弟、為相の異母兄にあたるから、権中納言は阿仏尼の亡き夫である為家の孫にあたる。すでに冬の初めにも「はるばると思ひこそやれたび衣なみだしぐるゝほどやいかにと」を寄せており、この段の贈答はその続きにあたる。地の文はこの人を、ほかに紛れることなく歌を詠まれる人と評しており、この段は東日記のうちでもっとも多くの歌がやりとりされる。

 弘安三年(一二八〇)の春、都から鎌倉へ間も置かずに届いた御返事の四首のうちの一首である。

 阿仏尼の「あづまぢの磯やま風のたえまよりなみさへ花のおもかげにたつ」への返しで、四首の三首目である。

 この歌に続いて、東路の桜をめぐる最後の一首が置かれる。

 見ていない景を、思いやるという行為のほうから受け返した一首。初句「しら浪の」は、贈歌が「なみ」とだけ言っていたのを白波と具体化したもので、白という色を出すことによって、下の花との重なりが目に見える形になる。第二句「いろもひとつに」は、白波の色と散る桜の色とが同じ白であることをいい、贈歌の見立てを色の一点で説明し直している。第三句「ちる花を」は、贈歌には散るとまでは言われていなかったものを補ったところで、波が寄せては崩れる動きを花の散る動きに重ねる読み方が加わる。第四句「思ひやるさへ」の「さへ」は、贈歌の第四句「なみさへ」の「さへ」を受けて位置を変えたもので、贈歌が、波までもが花に見えると言ったのに対し、こちらは、思いやることまでもが、と言う。結句「おもかげにたつ」は贈歌の結句をそのまま引き取る。贈歌は実際に目の前にある波を花と見たが、返しは何も見ずに思いやるだけでその景が浮かぶという。実景を持たない側が、想像のほうがなお切実だと答える形になっている。

しら浪(白波):白く砕ける波。
ちる花(散る花):散る桜。
おもひやる(思ひ遣る):遠くにあるものを思う。
おもかげにたつ:実際には目の前にないものが心に浮かぶ。
出典
十六夜日記
その他の歌