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かりそめに立ちわかれても子を思ふ
おもひを富士の煙とぞ見し

歌の意味
かりそめに立ち別れて来たけれども、子を思うその思い――その火から立つ煙をこそ、私は富士の煙と見たのだ。
鑑賞
第二十二段 為守三十首とその返信

 侍従の弟である為守の君のもとからも、三十首の歌を送ってきて、これに点を付けて、悪いところを細かに記してくださいと言われた。今年は十六歳である。歌を詠みはじめたばかりの口なので、けなげに思われるのも、かえすがえす親の心の闇だと、きまりが悪い。この子も旅の歌には、こちらを思って詠んだのだと見える。下向したときの日記を、この人々のもとへ送っておいたのを、読まれたのであろう。その中の一首に、阿仏尼は返しを書きつける。

 阿仏尼は藤原為家の側室で、為相
為守らの母。鎌倉の月影の谷に住んでいる。為守は侍従の為相の弟で、別れの贈答歌の段で手習に「はるばるとゆくさき遠く慕はれていかにそなたの空をながめむ」と書きつけた大夫その人である。地の文はこの年十六歳と記すから、都を発った弘安二年には十五歳であったことになる。兄の五十首に続いて三十首を送り、点を付けて悪いところを細かに記してほしいと願い出ている。地の文はまた、下向のときの日記をこの子らのもとへ送っておいたと記しており、道中の記がすでに書き上げられて都へ渡っていたことが知られる。

 弘安三年(一二八〇)八月二日以後、鎌倉の月影の谷。都から届いた三十首の詠草をめぐる場面である。

 為守の「立ち別れ富士のけぶりを見てもなほ心ぼそさのいかにそひけむ」への返しで、地の文は「又これも返しをかきつく」とだけ記す。

 この一首で為守との贈答は終わる。地の文は続いて、権中納言の君がこまやかに文を書いて、あなたが下られて後は歌を詠む友もなく、秋になってはいっそう思い出し申し上げるままに、ひとり月ばかりを眺め明かして、と書き寄せた場面へ移る。

 富士の煙の出どころを、山からわが身へ移してみせた返しである。初句「かりそめに」は、一時的にの意で、この別れが永の別れではないことを先に置いて子を安んじる。第二句「立ちわかれても」は贈歌の初句をそのまま受け、接続助詞「ても」で逆接に転じる。「立つ」はここでも煙の縁語として下の句へ響いている。第三句「子を思ふ」は、贈歌が母の心細さを推し量ったのに対し、母の側の心をはっきり言う箇所である。第四句「おもひを富士の」の「おもひ」は、思いの意であると同時に、末尾に火を含む語であり、煙の縁語として働く。ここがこの返しの要で、贈歌が富士の煙を見たものとして詠んだのを、その煙は山の煙ではなく、子を思う思いの火から立つ煙であったのだと言いかえる。道中の記には、富士に煙が絶えていたことが記され、「たが方になびきはてゝか富士のねの煙のすゑの見えずなるらむ」と詠まれていたから、見えなかったはずの煙に別の出どころを与える返しになっている。結句「煙とぞ見し」は係助詞「ぞ」と連体形「見し」の係り結びで、そう見たのだと言い切る。外の景をわが心へ引き寄せて詠むという、この日記の道中歌が繰り返してきたやり方が、ここで種明かしのように示されている。

おもひ:「思ひ」の末尾に「火」を含み、「煙」の縁語として働く。
けぶり(煙):煙。
縁語:一首の中で意味のうえで関連しあう語を配する技法。
作者
阿仏尼
出典
十六夜日記
その他の歌