あづまぢの空なつかしきかたみだに
忍ぶなみだにくもる月かげ
- 歌の意味
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東路の空が慕わしい、そのせめてもの形見でさえも――偲ぶ涙に曇ってしまう、月の光よ。
- 鑑賞
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第二十三段 空なつかしき贈答
また権中納言の君が、こまやかに文を書いて、あなたが下られて後は歌を詠む友もなくて、秋になってはいっそう思い出し申し上げるままに、ひとり月ばかりを眺め明かして、などと書き、一首を寄せた。阿仏尼はこの御返事に、これもまた故郷が恋しいことです、などと書いて一首を返す。都の歌どもはこののち多く積もった。また書きつけるつもりである。地の文はそう記して筆を止め、鎌倉滞在中の贈答の記事はここで閉じられる。
阿仏尼は藤原為家の側室で、為相
為守らの母。鎌倉の月影の谷に住んでいる。権中納言は前の右兵衛督為教の娘で、大宮院に仕える。為教は為家の子で為氏の弟、為相の異母兄にあたるから、権中納言は阿仏尼の亡き夫である為家の孫にあたる。冬の初めの見舞い、春の手習の歌の贈答、瘧病の折の贈答、時鳥をめぐる贈答と続いて、この段がこの人との最後のやりとりであり、東日記のうちでもこの人との贈答がもっとも多い。
弘安三年(一二八〇)の秋、都から鎌倉の月影の谷へ届いた文の中の歌である。
あなたが下られて後は歌を詠む友もなくて、秋になってはいっそう思い出し申し上げるままに、ひとり月ばかりを眺め明かして、とこまやかに書き添えたうえでの一首である。
阿仏尼は、これもまた故郷が恋しいことです、などと書いて返しを申し上げる。この贈答をもって、東日記に収められた歌のやりとりは終わる。
月というただ一つの絆さえ涙に曇るという、隔たりの歌である。初句「あづまぢの」は東国へ下る道、またその地の意で、相手のいる方角を指す。第二句「空なつかしき」の「なつかし」は古語では心が引かれる、慕わしいの意で、尾張路の「一の宮名さへなつかしふたつなくみつなきのりをまもるなるべし」でも用いられた語である。ここでは、その空の下に相手がいるというだけで空が慕わしい、という。第三句「かたみだに」の「かたみ」は離れた者を結ぶよすがで、「だに」は、せめて…さえ、の意の副助詞。都と東国とで同じ月を見ることが、二人を結ぶただ一つの形見であるという前提が、この一語に込もっている。月を形見と見る言い方は、阿仏尼が鎌倉に着いて間もないころ、この日記の東日記の冒頭で「ゆくりなくあくがれ出でしいざよひの月やおくれぬかたみなるべき」と寄せられたのと同じであり、鎌倉滞在の記事は月を形見とする歌に始まり、ここで再び同じ語に戻ることになる。第四句「忍ぶなみだに」は、偲ぶ涙のために、の意。結句「くもる月かげ」は体言止めで、その唯一の形見さえ涙で見えないという。地の文が、ひとり月をばかり眺め明かして、と記していたことが、そのまま歌になっている。
あづまぢ(東路):東国へ下る道。またその地。
かたみ(形見):離れた者を結ぶよすがとなるもの。
月かげ(月影):月の光。
体言止め:歌の末尾を名詞で終える技法。
- 出典
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十六夜日記
- その他の歌
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