しほのみついつもの浦のいつもいつも
君をばふかく思ふはやわが
- 歌の意味
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潮の満ちる、いつもの浦という名のとおりに、いつもいつも、あなたを深く思っているのだ、私は。
- 鑑賞
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23 清涼殿の丑寅の隅の
清涼殿の東北の隅にある障子の荒海の絵から筆が起こされ、勾欄のもとに置かれた青い瓶に五尺ばかりの桜の枝が挿され、花が勾欄の外まで咲きこぼれている昼の情景が語られる。そこへ大納言殿が桜の直衣姿で参上し、天皇のお側近くで言葉を交わす。御簾のうちでは女房たちが唐衣をくつろかに脱ぎかけ、袖口を御簾から押し出している。御膳が運ばれる足音や警蹕の声が響くうららかな日の中で、中宮は御几帳を押しやって長押のもとに出ておいでになり、古歌の一節をゆるやかに口ずさまれる。やがて中宮は白い色紙を押したたんで、今すぐ思い出せる古歌を一つずつ書けと女房たちに命じる。作者は御硯の墨をすれと言われながらも目はうつろで、責め立てられて顔まで赤らめ思い乱れる。
大納言殿は藤原伊周で、関白道隆の嗣子、中宮定子の同母兄にあたる。うへは一条天皇、宮は中宮定子である。この歌を書いた三位の中将は藤原道隆で、中宮定子の父、伊周の父にあたり、後に摂政から関白となった。円融院は一条天皇の父である。
場所は内裏の清涼殿。歌が書かれたのは、そこで語り出される円融院の御代の昔のことである。
女房たちが色紙に古歌を書きつけるという当座の遊びから、中宮が昔語りへと話を移し、円融院が「草子に歌ひとつ書け」と殿上人に命じられた折のこととして、この歌が引かれる。書きにくいと辞退する者が多かったので、円融院が字の上手下手も歌の季節はずれもとがめないと仰せられ、みな困りながら書いた、その中の一つである。
道隆はこの歌の末句「思ふはやわが」を「たのむはやわが」と書きかえ、円融院はそれをたいそうお褒めになったという。この話を聞いた作者は、わけもなく汗の流れる心地がし、年の若い者にはとてもこうは書けまいと思う。実際、いつもはよく書く人までが遠慮して書き損じたりしていた。
「しほのみついつもの浦の」までの二句は、結句へ導くための序詞で、潮がいつも満ちる浦の名「いつも」から、次の「いつもいつも」を呼び起こす。地名の「いつも」と副詞の「いつも」が同音で重なり、潮が絶えず満ちてくるという景が、そのまま心の絶えまなさに移されていく。第三句の「いつもいつも」は畳みかけによって時間の切れ目のなさを示し、第四句「君をばふかく」の「ば」は「を」に係助詞「は」が重なったもので、ほかならぬあなたをと対象を際立たせる。結句「思ふはやわが」は「はや」が詠嘆を添え、主語の「わが」を最後に置いて言いさすことで、余情を残す。
道隆はこの結句を「たのむはやわが」に改めた。「思ふ」は一方的に慕う心を言うのに対し、「たのむ」は相手を頼みにする、すがるという意になり、君臣の場にふさわしい奉答の言葉へと転じる。歌そのものを新たに詠むのではなく、既存の歌の末句一語を動かして場にかなうものに仕立てるという点で、同じ段で「花をしみれば」を「君をしみれば」と書きかえた「年ふればよはひは老いぬしかはあれど花をしみればもの思ひもなし」と同じ趣向であり、この段が古歌の知識と当意即妙の機転とを一続きの徳として描いていることがわかる。
しほのみつ:潮が満ちる
いつもの浦:「いつも」という名の浦。副詞の「いつも」を導く
をば:「を」に係助詞「は」が重なった形。対象を強く示す
はや:詠嘆をあらわす終助詞的な用法
たのむ:あてにする。頼りにする
三位の中将:従三位の位にある近衛中将
殿上人(てんじょうびと):清涼殿の殿上の間に昇ることを許された人
草子(さうし):綴じ本
すまふ:辞退する。抵抗する
- 出典
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枕草子
- その他の歌
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