- 歌の意味
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蘭省の花の盛りのころ、錦の帳のもとにいるあなた。それにひきかえ、草ぶきの庵にいる私のもとを、いったい誰が訪ねてくるだろうか。
- 鑑賞
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82 頭の中将の、すずろなるそら言を聞きて
頭の中将が作者についての他愛もない噂を聞きこみ、ひどくけなして、どうして人並みに褒めたりしたのだろうなどと殿上でしきりに言っているという。作者は、事実ならともかく作り話なのだから自然と誤解も解けるだろうと笑って過ごすが、頭の中将は黒戸の前を通るときも袖で顔をふさいで見向きもしない。二月の末、雨がひどく降って所在ない日に、物忌にこもった頭の中将から使いが来る。夜、中宮のもとへ上がると、女房たちは長押の下に灯を寄せて扁つぎに興じている。そこへ主殿司が現れ、直接お渡ししたい、返事を早くと言う。青い薄様に書かれていたのは、白氏文集の詩句一句だけだった。
頭の中将は藤原斉信で、太政大臣為光の子、後に参議を経て大納言に至り、四納言の一人に数えられた学才の人である。源中将は源宣方、修理の亮則光は橘則光で、作者と兄妹と呼びならわされた間柄であった。
場所は内裏、時は二月の末、雨のはげしく降る夜のことである。
斉信が「蘭省花時錦帳下」とだけ書いて、下の句はどうか、どうか、と責めてきたことが直接の契機である。中宮がおいでならお目にかけるところだが、末を知っている顔で不確かな漢字を書くのも見苦しいと思い、思案する間もなく責め立てられて、作者は手紙の奥の余白に、炭櫃の消え炭を取って書きつけた。
返事はその場ではなかったが、翌朝、源中将が局を訪れ、前夜の顛末を語る。斉信の宿直所に人々が集まり、この女はもう見限ったと言いながらも捨ておけない、今夜こそ良し悪しを決めようと相談して手紙を出したこと、返ってきた付句を見て一同が騒ぎ、これに上の句をつけようとして夜更けまで案じたが誰もつけられずに終わったことが明かされる。作者はそれ以来「草の庵」という異名で呼ばれるようになった。則光も同じ顛末を伝えに来て、殿上人たちがこの句を扇に書きつけて持っていることを中宮から聞かされ、作者は驚く。以後、斉信は袖で顔を隠すのをやめ、誤解は解けたようであった。
上の句にあたるのは白居易の詩の一句で、宮中の華やかな場にいる相手を指す。それに対して作者が書きつけたのは、もとの詩で対をなす句を漢文のまま返すのではなく、その心を和語に開いた付句であった。「草のいほり」は錦の帳と正面から対比される粗末な住まいで、身分も境遇も低い側に自分を置く語である。
「たれか」は疑問の代名詞に係助詞が付いた形で、結びの「たづねん」の「ん」を連体形に導く。誰が訪ねてこようか、誰も訪ねはしまい、という反語であり、詩句が示す華やかさに対して、訪う人もない草庵という寂しさを置いて対をなす。漢詩の問いに漢詩で答えれば学識の誇示になり、書き損じれば恥になる。その両方を避けて仮名で付句を返したところに、この段の眼目がある。
同じ段で作者が消し炭を筆代わりにした点も見のがせない。灯のもとの遊びの席で、紙も墨も改めず、手紙の余白に炭で書きつけるという即席の所作そのものが、思案する間もなく責め立てられたという場の切迫を伝えている。
頭の中将:蔵人頭を兼ねる近衛中将
すずろなるそら言:根も葉もない、いいかげんなうわさ
黒戸:清涼殿の北の廊にある戸、またはその部屋
扁(へん)をつく:漢字の偏を出して旁を当てさせる遊び
主殿司(とのもりづかさ):主殿寮に属し、宮中の清掃や灯火などをつかさどる役人
薄様(うすやう):薄い鳥の子紙。手紙などに用いる
炭櫃(すびつ):角火鉢
草のいほり:草ぶきの粗末な家。隠者や賤しい身の住まいをいう
たれか…ん:誰が…だろうか、いや誰も…しない、という反語
蘭省:尚書省の唐名。宮中の役所をいう
錦帳:錦の帳。華やかな室内の設え
- 作者
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白居易(上の句)、清少納言(下の句)
- 出典
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枕草子
- その他の歌
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