ここにのみめづらしとみる雪の山
所々にふりにけるかな
- 歌の意味
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ここにだけ珍しいものと思って見ていた雪の山は、あちこちで作られて、古びてしまっていたのだな。
- 鑑賞
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87 職の御曹司におはします頃、西の廂にて
中宮が職の御曹司においでのころ、西の廂で不断の御読経が行われ、仏を掛け僧たちが控えていた。そこへ縁のもとに年老いた女法師が現れ、御仏供のおさがりを乞う。菓子や餅を与えるとすっかり打ち解けてさまざまなことを語り、若い女房たちが問いかけるとふざけた小唄をうたって頭を振る。中宮はそれをお聞きになり、聞き苦しいことをさせたものだと言って衣を一つ与えて帰させる。この女法師はやがて常陸の介と呼ばれるようになった。
やがて師走の十日あまりに雪がたいそう降り、縁に積んでいるのを見て、どうせなら庭に本物の山を作らせようということになる。侍や主殿寮の官人まで加わり、二十人ほどで高く作りあげる。中宮が、この山はいつまであるだろうかと問われ、女房たちは十日、十日あまりと口々に申しあげるが、作者だけは正月の十日過ぎまではございましょうと言い切り、頑として譲らない。二十日ごろに雨が降っても消える気配はなく、少し丈が低くなるばかりであった。
中宮は一条天皇の中宮定子、御使として参上した式部丞忠隆は式部省の三等官である。職の御曹司は中宮職の庁舎で、当時中宮の御在所となっていた。
時は師走の十日あまり、雪の山を作ったその日のこと、場所は職の御曹司である。
雪の山を作った当日、御使として参上した忠隆が、今日は雪の山を作らせない所などない、清涼殿の壺庭にも、春宮にも弘徽殿にも、京極殿にもお作りになった、などと言ったので、作者はそばの女房の口を借りてこの歌を言わせた。
忠隆は何度も首をかしげ、返歌を差しあげてお作を汚すのはやめておきましょう、しゃれた歌です、御簾の前で皆に披露いたしましょうと言って立っていった。歌を好むと聞いている人なのに妙なことだ、と作者は思う。それを中宮がお聞きになり、よほどうまく詠んだつもりだったのだろう、と仰せられた。
初句「ここにのみ」の「のみ」は限定の副助詞で、ここだけはと思いこんでいた気持ちを示す。第二句「めづらしとみる」は珍しいものと思って見るの意で、この山が唯一無二だと信じていた前提を据える。第三句「雪の山」で体言をいったん置き、下の句へ渡す。
結句へ向かう「ふりにけるかな」が眼目で、雪が「降る」と、古びるの「古る」とが掛けられている。あちこちで雪が降ったのだなという表の意味の下に、あちこちで作られて珍しくもなくなっていたのだなという裏の意味が重なる。「に」は完了の助動詞「ぬ」の連用形、「ける」は気づきの詠嘆をあらわす助動詞で、今はじめて知ったという驚きを示し、「かな」がそれを受けとめて言い収める。
忠隆の報告は、他所にも同じものがあると告げるだけの他愛ない世間話であるが、作者はそれを、自分たちの雪山が唯一だと思っていた思いこみが崩れる瞬間として受けとめ、一語の掛詞でその落胆を軽い笑いに変えている。同じ段の「うらやまし足もひかれずわたつ海のいかなる人にもの賜ふらむ」も掛詞を用いた歌であり、雪の山をめぐる長い一段の中に、性格の異なる三首が並ぶ構成になっている。
職の御曹司:中宮職の庁舎。当時、中宮の御在所となっていた
不断の御読経:昼夜絶やさず交代で行う読経
御仏供(ぶく)のおろし:仏前に供えた物のおさがり
主殿寮(とのもりづかさ):宮中の清掃
灯火などをつかさどる役所
式部丞(しきぶのじょう):式部省の三等官
のみ:…だけ、と限定する副助詞
めづらし:目新しい。ほかに類がない
ふり:「降り」と「古り」との掛詞
けり:今はじめて気づいたという詠嘆をあらわす助動詞
壺(つぼ):建物に囲まれた中庭
- 作者
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清少納言
- 出典
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枕草子
- その他の歌
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