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うは氷あはに結べる紐なれば
かざす日かげにゆるぶばかりを

歌の意味
薄く張った上氷のように、あわく結んだ紐なのだから、かざす日陰の蔓に当たる日の光で、ゆるむだけのことだ。
鑑賞
90 宮の五節いださせ給ふに

 中宮が五節の舞姫をお出しになるにあたり、介添えの女房を十二人つけられた。辰の日の夜には青摺の唐衣と汗衫をみなに着せられ、赤紐をおもしろく結び下げた装いを、殿上人や上達部が驚き興じて小忌の女房と名づけた。中宮は、舞姫の局を日も暮れないうちにすっかり取り払って粗末にしておくのは体裁が悪い、当夜まではきちんとしたままでおくのがよいと仰せられ、几帳のほころびを結びながら、女房たちの袖口がこぼれ出ている。
 中宮は一条天皇の中宮定子。前の歌を詠みかけた実方の中将は藤原実方で、歌人として名高い。赤紐が解けたのは小兵衛という若い女房、作者の歌を伝えたのは弁のおもとと呼ばれる女房である。
 時は五節の辰の日の夜、場所は宮中である。
 小兵衛の赤紐を実方が結び直しながら「あしひきの山井の水はこほれるをいかなる紐の解くるなるらむ」と詠みかけたのに、小兵衛は年若く人目もあって返しをしない。そばの女房たちも聞き過ごしている。作者は四人ほど隔てて座っていたので、たとえうまく思いついても言いにくく、まして歌人と知られた人の歌に並みの返しはできまいとためらう。しかし中宮職の役人が爪弾きをして回るのが気の毒なので、この歌を弁のおもとに伝えさせた。
 ところが弁のおもとは恥ずかしがって言い切ることができず、実方が何と、何とと耳を傾けて問うのに、少し言いよどむ癖のある人がひどく気取って、立派だと聞かせようと思ったために、ついに相手には聞き取れずに終わった。作者は、かえって恥が隠れる心地がしてよかったと記している。

 初句「うは氷」は水面に薄く張った氷で、相手の歌の「こほれる」を正面から受けとめ、その氷を薄いものへと言いかえるところから返しが始まる。第二句「あはに結べる」は、あわく、ゆるく結んであるの意で、氷の薄さと紐の結び方の緩さとを一続きに重ねる。第三句「紐なれば」の「ば」は已然形に接続する順接の確定条件で、そういう紐なのだから、と理由を示す。
 第四句「かざす日かげに」は、頭に挿す日陰の蔓を言いながら、同音の「日影」すなわち日の光を掛ける。祭事の飾りである日陰の蔓は、五節の装いそのものであり、その場の景物のまま掛詞に用いられている。日の光が当たれば薄氷は解け、ゆるく結んだ紐もほどける、という自然な理屈が立つ。
 結句「ゆるぶばかりを」は、ゆるむだけのことだ、と言いさす形で、「を」に詠嘆を残す。相手が、凍っているのになぜ解けるのかと問うたのに対し、氷は上氷にすぎず結び目もあわいのだから、日が差せば当然ゆるむのだと答えており、恋の兆しをからかう問いを、装束と天候の話として受け流している。「こほれる」「解くる」に対して「うは氷」「ゆるぶ」と縁語を返す構えは整っており、当意即妙の返歌でありながら、含みを持たせすぎない加減がとられている。

うは氷(うはごほり):水面に薄く張った氷
あはに:あわく。ゆるやかに
ば:已然形に接続して順接の確定条件をあらわす
日かげ:「日陰の蔓」と「日影(日の光)」との掛詞
ゆるぶ:ゆるむ
ばかり:…だけ
爪弾き(つまはじき)をす:非難する。不満の意をあらわす
おもと:女房を呼ぶ敬称
顕証(けそう)なり:人目に立つ。あらわである
作者
清少納言
出典
枕草子
その他の歌