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その人の後といはれぬ身なりせば
今宵の歌をまづぞよままし

歌の意味
あの人の子だと言われない身であったなら、今夜の歌を真っ先に詠んだであろうに。
鑑賞
99 五月の御精進のほど

 賀茂の奥へほととぎすの声を聞きに出かけた話から、中宮が下の句を示し作者が上の句をつけて「ほととぎすたづねて聞きし声よりも下蕨こそ恋しかりけれ」の一首が成る。作者はその折に、自分は歌を詠むまいと思っていること、父の名を辱めたくないことを申しあげた。夜が更けて中宮が題をお出しになり女房たちに歌を詠ませておられる間も、作者だけは詠もうとせず、内大臣に責められても歌は詠まないことにしておりますと答え続ける。やがて優劣を定める段になって、中宮が「元輔が後といはるる君しもや今宵の歌にはづれてはをる」と書いて作者のもとへ投げてよこされた。
 中宮は一条天皇の中宮定子。歌にいう「その人」は作者の父清原元輔で、後撰和歌集の撰者となった梨壺の五人の一人である。内大臣は藤原伊周で、中宮の同母兄である。
 時は五月、夜が更けたころ、場所は職の御曹司である。
 中宮の歌を見た作者は大いに笑い、その場でこの歌を返した。中宮が父の名を持ち出して責めたのを、そのまま自分の側の理由として引き取った返しである。
 作者はこの歌に添えて、遠慮することさえなければ、千首の歌でもおのずと出てまいりましょうと申しあげた。父の名を負う者としての慎みを、詠まない理由でありながら詠む力の証しでもあるものとして示した形になっている。

 初句「その人の」は、父の名を直接には出さず、中宮の歌の「元輔」を指し示すだけにとどめる。名を口にせずに受けることで、名を辱めまいという先の弁解と姿勢が一貫する。第二句「後といはれぬ」は、中宮の歌の「後といはるる」をそのまま裏返した形で、受身の助動詞に打消の助動詞を重ね、そう言われない身、という仮の立場を作る。
 第三句「身なりせば」の「せば」は反実仮想を導く形で、結句の「まし」と呼応する。実際にはそうではないのだが、もしそうであったなら、という枠がここで立つ。第四句「今宵の歌を」は中宮の歌の第四句をそのまま受け、場を共有していることを示す。
 結句「まづぞよままし」の「まづ」は真っ先にの意、「ぞ」は係助詞で「まし」を連体形に導く係り結びをなす。「まし」は反実仮想の帰結をあらわす助動詞で、詠んだであろうに、と実現しなかった事態を惜しむ。歌えないのではなく、あえて歌わないのだ、という主張が、事実に反する仮定という文法の枠組みだけで示されている。
 中宮の歌が助詞を重ねて主語を追いこんだのに対し、こちらは反実仮想ひとつで論を折り返しており、責められた側が同じ語をそのまま使いながら立場を入れかえてみせる形になっている。歌の巧拙を競うのではなく、歌をめぐる言い分そのものを歌にするという点で、同じ段の「ほととぎすたづねて聞きし声よりも下蕨こそ恋しかりけれ」から一続きの流れの上にある一首である。

その人:ここでは作者の父清原元輔を指す
後(のち):子孫。後裔
るる:受身の助動詞「る」の連体形
ぬ:打消の助動詞「ず」の連体形
せば…まし:事実に反することを仮定し、その帰結を述べる反実仮想の言い方
まづ:真っ先に。何よりも先に
ぞ…まし:係助詞「ぞ」による係り結び。結びは連体形
つつむ:遠慮する。はばかる
梨壺の五人:村上天皇の命により後撰和歌集の撰進などにあたった五人の歌人
作者
清少納言
出典
枕草子
その他の歌