これをだにかたみと思ふに都には
葉がへやしつる椎柴の袖
- 歌の意味
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せめてこれだけでも院の形見と思っているのに、都では衣がえをしてしまったのか、椎柴染めの喪服の袖よ。
- 鑑賞
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138 円融院の御はての年
円融院の喪が明けた年、人々はみな喪服を脱ぎ、帝をはじめとして院の御在世のことを思い出しては、しみじみとした気持ちになっていた。雨のひどく降る日、藤三位の局に、蓑虫のような大柄な童が、白い木に立文をつけて、これを差しあげたいと言ってきた。取り次ぎの者が、どこからか、今日明日は物忌なので蔀も上げないのだと言って、下は閉じたままの蔀の上から受け取った。藤三位はそのことを聞いてはいたが、物忌だから見ないと言って、蔀の上に突き刺しておかせた。
翌朝、手を洗い清めて、さあ昨日の巻数を、と言って取り出させ、伏し拝んで開けてみると、胡桃色という色紙の厚ぼったいものである。妙だと思いながら開けていくと、法師のいかにもものものしい筆跡でこの歌が書いてあった。
藤三位は一条天皇の乳母である。円融院は一条天皇の父にあたる。藤大納言は藤原為光で、円融院の別当を務めていた。仁和寺の僧正の名も推量の中に挙がる。
時は円融院の一周忌が過ぎた年、雨のひどく降る日から翌朝にかけて、場所は藤三位の局である。
物忌にこもっているところへ、巻数と見せかけて届けられた文を開いたことが、この歌に接する直接の契機である。喪が明けて衣がえをした宮中の人々を、喪服を脱がぬ側から皮肉る内容であった。
藤三位はあきれ、憎らしいやり方だ、誰の仕業だろう、仁和寺の僧正かと思うが、まさかそのようなことをおっしゃるまい、藤大納言が院の別当でいらしたのだからその方の仕業だろう、と推量する。これを帝や中宮に早くお聞かせしたいと気がはやりながらも、恐ろしいと言われる物忌を仕遂げようと念じて過ごし、翌朝、藤大納言のもとへ返歌を置かせてくると、すぐさま返しが届いた。藤三位はその二つを持って急ぎ参上し、帝もおいでの御前でこのことを語り申しあげる。差出人が誰であったかについては、なお解釈が分かれている。
初句「これをだに」の「だに」は、せめて…だけでもの意で、他のすべてを失ったうえでこれ一つだけは、という気持ちを込める。第二句「かたみと思ふに」の「に」は逆接で、形見として大切にしているのに、と下へ折り返す。
第四句「葉がへやしつる」が中心で、「葉がへ」は木が葉を入れかえることをいい、そこに衣がえの意が重ねられる。「や」は疑問の係助詞で、結びを連体形「つる」に導く係り結びをなす。喪服を脱ぐという人事を、木が葉を替えるという自然の営みに移しかえることで、責める言葉を直接には口にしない形をとっている。
結句「椎柴の袖」は体言止めで、椎柴は椎の樹皮などで染めた黒みがかった色をいい、喪服の色として用いられる。木の名を含む語であるため、前句の「葉がへ」と縁語をなし、木と衣とが一語の中で重なる。喪服の袖という具体物で言いさすことによって、余情を残しつつ、なお喪服のままでいる者と衣がえをした者との対比を最後に置いている。法師めいた筆跡で書かれ、巻数と見せかけて届けられたという手のこみようも含めて、贈り主の意図をめぐる推量が段の後半をそのまま動かしていく。
はて:喪の明ける時期。一周忌
御服(ごぶく):喪服
だに:せめて…だけでも
かたみ:形見。故人をしのぶよすが
立文(たてぶみ):正式な形に包んだ書状
巻数(くわんじゅ):寺から送られる、読誦した経の題目や巻数を記した文書
蔀(しとみ):格子の裏に板を張った戸
葉がへ:木が葉を入れかえること。衣がえの意を重ねる
や…つる:係助詞「や」による係り結び。結びは連体形
椎柴(しひしば):椎などで染めた黒みがかった色。喪服の色
別当(べつたう):院庁などの長官
- 出典
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枕草子
- その他の歌
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