いかにしていかに知らまし偽りを
空にただすの神なかりせば
- 歌の意味
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どのようにして、どうやって偽りを知ることができたであろうか。空にあって正すという糺の神がいなかったならば。
- 鑑賞
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184 宮にはじめてまゐりたるころ
中宮のもとへはじめて出仕したころ、作者は何もかも恥ずかしく、涙もこぼれそうで、夜ごとに参上しては几帳の後ろに隠れるようにして控えていた。中宮は絵などを取り出して見せてくださり、手を差し出させて話しかけてくださる。そのようにして少しずつ馴れていったころのことである。中宮が、私を愛しく思うか、と女房たちにお尋ねになった。作者が、どうしてそうでないことがありましょう、と申しあげたその途端に、誰かが大きなくしゃみをした。中宮は、まあ嫌なこと、嘘を言ったのだね、よい、よい、と仰せになって奥へ入っておしまいになった。作者は、そんなことはないのに、誰がこんな憎らしいことをしたのかと思うが、まだ出仕の始めで馴れていないので弁解することもできず、そのまま夜が明けてしまった。
中宮は一条天皇の中宮定子である。糺の神は、京の賀茂御祖神社の糺の森に祀られる神で、偽りを正す神として和歌に詠まれてきた。
時は作者が出仕して間もないころ、場所は中宮の御在所である。
くしゃみが嘘の証拠と受け取られたことが直接の契機である。当時、人の言葉に合わせて起こるくしゃみは、その言葉が偽りであることのしるしとみなされていた。翌朝、中宮から浅緑の薄様に書かれたこの歌が届けられた。
作者はこれを見て、中宮がまだ疑っておいでなのが悔しく心が乱れるばかりで、昨夜くしゃみをした人を憎らしく思う。そして「薄さ濃さそれにもよらぬはなゆゑに憂き身のほどを見るぞわびしき」と詠み、これだけはよろしく申しあげてくださいと言って差しあげた。
初句「いかにして」と第二句「いかに知らまし」は、同じ語を重ねて問いを二度たたみかける形で、どうやってという方法への問いを強める。「まし」は反実仮想の帰結をあらわす助動詞で、結句の「せば」と呼応する。
第三句「偽りを」で問いの対象が据えられ、第四句「空にただすの」がこの歌の要となる。「ただす」は糺の森の名であると同時に、正す、真偽を明らかにするという意の動詞でもあり、地名と動詞とが一語に重ねられている。「空に」は、空にあっての意に、根拠もなくむなしくの意を響かせて読むこともでき、いずれにせよ神の在りかを天上に置く。
結句「神なかりせば」の「せば」は、事実に反することを仮定する言い方で、そういう神がいなかったならば、と述べる。裏を返せば、神がいるからこそ偽りは知れるのだ、ということになり、くしゃみをそのまま神のしるしとみなす立場が示される。責める言葉を一語も使わず、神を持ち出すことで判定を人の手から離してみせるのであり、それだけに受け取った側は弁解の余地を失う。この構えを、次の「薄さ濃さそれにもよらぬはなゆゑに憂き身のほどを見るぞわびしき」がどう受けとめるかが、この場面の見どころである。
いかにして:どのようにして
まし:事実に反する仮定の帰結をあらわす助動詞
ただす:賀茂の糺の森の名と、「正す」の意との掛詞
空に:空にあって、の意。むなしく、根拠もなく、の意を響かせる説もある
せば…まし:事実に反することを仮定し、その帰結を述べる反実仮想の言い方
鼻ひ(はなひ):くしゃみ。言葉の偽りのしるしとされた
薄様(うすやう):薄い鳥の子紙。手紙などに用いる
几帳(きちゃう):室内を仕切る布を垂らした調度
まゐる:貴人のもとへ参上する
- 作者
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中宮定子
- 出典
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枕草子
- その他の歌
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