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みな人の花や蝶やといそぐ日も
わが心をば君ぞ知りける

歌の意味
誰もが花よ蝶よと浮き立って過ごすこの日にも、私の心の中は、そなたこそが知っていてくれたのだ。
鑑賞
239 三条の宮におはします頃

 三条の宮においでのころ、五月五日の菖蒲の輿などを持って参り、薬玉を献上する。若い女房たちや御匣殿などは、姫宮や若宮の御衣に薬玉をおつけ申しあげる。趣のある薬玉があちこちから献上される中に、青ざしという物を持って来た者があったので、作者は青い薄様をしゃれた硯箱の蓋に敷き、これはませ越しでございます、と言って差しあげた。
 御匣殿は御匣殿別当を務めた中宮定子の妹である。姫宮
若宮は定子の御子たちをさす。三条の宮は当時の定子の御在所である。
 時は五月五日の端午の節句、場所は三条の宮である。
 作者が青ざしを硯箱の蓋に載せて差し出し、ませ越しでございますと言い添えたことが直接の契機である。この言葉は、垣根越しに麦を食む馬がわずかしか食べられないことに、及ばぬ恋を重ねた古歌を踏まえたもので、青ざしが麦から作る菓子であることに掛けている。
 定子は、作者が差しあげた紙の端を破って、この歌をお書きになった。華やかな贈り物が次々に届く日に、菓子ひとつを添えて差し出された心づかいに応えたものである。

 初句から第二句の「みな人の花や蝶やと」は、世の人がみな華やかなものに浮き立つさまを言う。「花や蝶や」は、美しいもの、はなやかなものをもてはやす言い方で、薬玉が次々に献上される端午の当日の光景をそのまま指している。第三句「いそぐ日も」の「いそぐ」は、あわただしく用意する、うきうきと立ち働くの意で、「も」が、そういう日であってさえ、と逆接の含みを添える。
 第四句「わが心をば」の「をば」は「を」に係助詞「は」が重なった形で、ほかならぬ私の心をと対象を際立たせる。結句「君ぞ知りける」の「ぞ」は係助詞で、結びの「ける」を連体形に導く係り結びをなす。「君」ひとりに限定し、「ける」が今あらためて気づいたという詠嘆を添えることで、そなただけが知っていてくれたのだ、という感慨の重みが最後に置かれる。
 外の華やぎと内心とを対比する構図は明快であり、その対比の軸に置かれるのが、青ざしという地味な菓子ひとつである。作者は古歌を踏まえた一言を添えただけで自分の気持ちを述べてはいないが、定子はそこに心づかいを読み取り、それを歌にして返した。二四一段の「山ちかき入相の鐘の声ごとに恋ふる心の数は知るらむ」も同じく定子から作者へ贈られた歌であり、いずれも、離れていても心は通じているという一点を核にしている。

菖蒲の輿(あやめのこし):端午の節句に菖蒲を載せて献上する輿
薬玉(くすだま):五月五日に邪気を払うため、香料を包み糸を垂らして飾る玉
御匣殿(みくしげどの):御匣殿別当。装束の裁縫などをつかさどる役所の長官、またその人
青ざし:青麦を煎ってひいた糸状の菓子
薄様(うすやう):薄い鳥の子紙
ませ:低い垣根。ませ垣
花や蝶や:美しいもの、はなやかなものをもてはやす言い方
いそぐ:あわただしく用意する。うきうきと立ち働く
をば:「を」に係助詞「は」が重なった形。対象を強く示す
ぞ…ける:係助詞「ぞ」による係り結び。結びは連体形
けり:今はじめて気づいたという詠嘆をあらわす助動詞
作者
中宮定子
出典
枕草子
その他の歌