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山ちかき入相の鐘の声ごとに
恋ふる心の数は知るらむ

歌の意味
山の近いその寺で、夕暮れの鐘の音が一つ鳴るたびに、そなたを恋しく思う私の心の数を、そなたは知るだろう。
鑑賞
241 清水にこもりたりしに

 作者が清水に参籠していたときに、中宮がわざわざ御使を立てて賜った手紙があった。唐の紙の赤みがかったものに、草仮名でこの歌が書かれ、それに続けて、それなのにずいぶん長い滞在ですこと、とお書きになっていた。
 中宮は一条天皇の中宮定子である。清水は清水寺で、観音の霊験で知られ、参籠する者の多い寺であった。
 時は作者が清水寺に籠っている間、場所は清水寺と中宮の御在所である。
 作者が里から寺へ籠りに出て長く戻らずにいたことが、この歌が贈られた直接の契機である。歌に続けて、長居であることを軽くとがめる言葉が添えられている。
 作者は、上等な紙などを持ってこなかった旅であったので、紫色の蓮の花びらに返歌を書いて差しあげた。作者の返歌の本文は記されていない。

 初句「山ちかき」は、山が近いの意で、清水寺が山ぎわに建つ寺であることをそのまま示し、相手のいる場所を第一句で押さえる。第二句「入相の鐘の」の入相は日の暮れる時分で、その刻限に撞かれる鐘をいう。夕暮れの鐘は、古来、無常や別れの思いと結びついて詠まれてきた景物である。
 第三句「声ごとに」の「ごとに」は、そのたびごとにの意で、鐘の音が繰り返し鳴ることを、心の動きの反復に重ねる働きをする。鐘が鳴るたびに一つ、また一つと恋しさが数えられていくという構図であり、音の反復がそのまま数の観念に変わる。
 第四句「恋ふる心の」で思いの主体を明かし、結句「数は知るらむ」の「らむ」は、目の前にない事柄について推量する助動詞である。私の心の数を、そちらにいるそなたはわかっているだろう、と相手に言い当てさせる形をとる。自分の思いの深さを直接に言わず、相手が数えるはずだ、という言い方に転じたところに、この一首のたくみさがある。
 二三九段の「みな人の花や蝶やといそぐ日もわが心をば君ぞ知りける」も、私の心を知っているのはそなただ、という形をとる定子の歌であり、二首は同じ構えの上にある。ただしこちらは、寺の鐘という具体的な音を数の単位として置いたことで、離れている距離と時間の長さとがそのまま量として示されている。作者が返しを紙ではなく蓮の花びらに書いたのも、寺にあるものだけで応じたという点で、贈り物と場所とを歌に取りこむこの段の呼吸に沿っている。

清水(きよみづ):清水寺。観音の霊験で知られる
こもる:寺社に籠って祈願する。参籠する
入相(いりあひ):日の暮れるころ。またその時分に撞く鐘
ごとに:そのたびごとに
恋ふ:思い慕う
らむ:目の前にない事柄を推量する助動詞
唐の紙:中国渡来の紙。上質のものとされた
草(さう):草仮名。くずして書いた仮名
こよなし:格別である。はなはだしい
作者
中宮定子
出典
枕草子
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