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七曲にまがれる玉の緒をぬきて
ありとほしとは知らずやあるらむ

歌の意味
七曲がりに曲がった玉に緒を通したのだから、蟻通しという名だとは知らないでいるのだろうか。
鑑賞
244 蟻通の明神

 昔、若い者ばかりを愛でて四十になった者を追放する帝がおられ、人々は遠国へ逃げ隠れ、都には年老いた者がいなくなっていた。中将であった人は七十近い親を二人持っていたので、遠くには住ませられず、一日に一度会わなければ堪えられないと言って、ひそかに家の土を掘り、その中に屋を建てて親を籠め据え、通っては会っていた。世間にも朝廷にも、親は失せ隠れたと知らせてあった。この中将は若いながらも聞こえ高く、才知にすぐれて時の人と目されていたが、それはこの親がよろずのことを知っていたからである。
 唐土の帝は日本の帝をはかってこの国を奪おうと、たびたび難題を仕掛けてきた。まるく削った二尺ばかりの木の本末を問われたときは、速い川に横ざまに投げ入れ、先に立って流れる方を末とせよと親が教えた。同じ長さの蛇二匹の雌雄を問われたときは、尾の方に細い枝を差し寄せ、尾の動かない方を雌と知れと教えた。いずれも中将が自分の知恵として奏し、そのとおりであった。
 やがて唐土から、七曲がりにわだかまった小さな玉で、中が通って左右に口の開いたものが送られ、これに緒を通してほしい、この国では誰でもすることだ、と言ってきた。いかなる名人でも無理だと上達部も殿上人も口をそろえる中、中将が親に尋ねると、大きな蟻を捕らえて二匹ほどの腰に細い糸をつけ、それにもう少し太い糸をつないで、向こう側の口に蜜を塗ってみよ、と教えられた。そのとおりにすると、蟻は蜜の香を嗅いでたちまち反対の口から出てきた。糸の通った玉を送り返して以来、唐土の帝は、やはり日の本の国は賢いと言って、難題を仕掛けてこなくなった。
 帝は中将をたいそうな人とお思いになり、何を望むか、どのような官位を与えようかと仰せられたが、中将は、官も位も頂きません、ただ老いた父母が隠れ住んでおりますのを、たずねて都に住まわせることをお許しくださいと申しあげた。帝はたやすいことだとして許され、世の親たちはこれを聞いて大いに喜んだ。中将は上達部から大臣にまで昇った。
 この歌の詠み手は、その人が神になったのだろうかと本文が推し量る、蟻通の明神である。中将、その親、唐土の帝は、いずれも名を記されない。
 場所は蟻通の明神の社、時は、その社に参詣した人のもとに神が夜あらわれた折である。
 玉に緒を通すという難題を蟻の力で解いたという由来が、そのまま神の名の由来として語り直され、参詣者に対して神みずからがそれを明かす形で詠まれた。
 本文はこの歌を、そう仰せられたと人が語った、と結んでおり、伝聞として置かれている。段全体は「社は」と社の名を数え上げる中に置かれ、貫之が馬の病んだ折にこの明神に歌を詠んで奉ったという話にも触れている。

 初句「七曲に」は七つに折れ曲がってという意で、玉の内側の穴の複雑さをそのまま数で示す。第二句「まがれる玉の」で難題の品を明かし、第三句「緒をぬきて」はその玉に緒を通してという意である。ここまでで、唐土から送られた玉と、それを解いた出来事とが過不足なく再現される。
 第四句「ありとほしとは」が眼目で、蟻を通したという事実を言う「蟻通し」と、社の名である「蟻通」とが重なる。さらに、この語には有るのだと言い張る意の「ありと」も響き、名の由来と存在の主張とが一語に畳みこまれる。結句「知らずやあるらむ」の「や」は疑問の係助詞、「らむ」は現在の事態についての推量で、知らずにいるのだろうか、と参詣者に問いかける形をとる。
 難題を解いた知恵の記憶が神の名として残り、その名の由来を神自身が名乗るという構図であり、地名や社名の起こりを説く縁起の型を踏んでいる。同じ段が、老いた者を追放する政の非情さと、親の知恵によって国が救われるという筋を語ったうえで、最後にこの一首を置くことで、話の全体が神の名の一語に収束する仕立てになっている。

七曲(ななまがり):七つに折れ曲がっていること。幾重にも曲がっているさま
わだかまる:曲がりくねる
緒(を):玉を貫き通す糸
ぬく:糸などを通す
ありとほし:蟻を通すことと、社の名「蟻通」との掛詞
や:疑問をあらわす係助詞
らむ:目の前にない事柄について推量する助動詞
上達部(かんだちめ):三位以上および参議の人々
殿上人(てんじょうびと):清涼殿の殿上の間に昇ることを許された人
すはえ:細い若枝
かうぶり:位階。叙爵
出典
枕草子
その他の歌