荻の葉のこたふるまでも吹きよらで
ただに過ぎぬる笛の音ぞ憂き
- 歌の意味
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荻の葉が答えるまで吹き寄ろうともせず、そのまま通り過ぎてしまった笛の音こそ、つらく思われる。
- 鑑賞
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第十三段 長恨歌、姉の不吉な言葉、火事の事
世間に『長恨歌』という漢詩を物語に書き記して持っている家があると聞き、作者はたいそう読みたく思うが、直接には頼みかねていた。そこでしかるべきつてを尋ねて、七月七日に歌を書き送って借用を願う。相手からは返しの歌が届き、ふだんは不吉だといって人に貸さないものを、今日は貸そう、という返事であった。
同じ月の十三日の夜、月がくまなく明るく、家の者もみな寝静まった夜中ごろ、作者と姉は縁に出て座っていた。姉が空をつくづくと眺めて、たった今わたしが行方も知れず飛び失せてしまったら、あなたはどう思うか、と尋ねる。作者がなんとなく恐ろしいと思っている様子を見て、姉は別の話にとりつくろい、笑いなどしていると、かたわらの家の前に先払いをさせた車が止まり、荻の葉、荻の葉、と女を呼ばせるが、返事はないようである。呼びあぐねた車の主は、笛をたいそう趣深く吹きすまして通り過ぎていった。姉妹はこれに寄せて歌を交わし、夜が明けるまで眺め明かした。
その翌年の四月、夜中ごろに火事があって、大納言殿の姫君と思って大切にしていたあの猫も焼けてしまった。「大納言殿の姫君」と呼ぶと聞き分けたような顔で鳴いて歩み寄ってきたので、父も、不思議にしみじみとしたことだ、大納言に申し上げよう、などと言っていた矢先のことで、作者はたいそう惜しく悲しく思う。移った先の家は、以前の広く木深い住まいとは比べようもなく狭く、庭というほどの庭もなく木もない。向かいの家に白梅や紅梅が咲き乱れ、風につけて香が漂ってくるにつけても、住み慣れた古い家がかぎりなく思い出されて、また一首を詠む。
作者は菅原孝標女。姉は同じ家で物語を読み合った姉である。「大納言殿の姫君」は侍従の大納言藤原行成の御むすめで、姉の夢によってその生まれ変わりとされた猫を、姉妹はそう呼んで大切にしていた。父は菅原孝標。『長恨歌』は白居易の長編詩で、玄宗皇帝と楊貴妃の悲恋を描く。
七月十三日の夜、月がくまなく明るい夜中ごろ。京の自宅の縁である。
妹である作者が詠みかけた「笛の音のただ秋風と聞こゆるになど荻の葉のそよとこたへぬ」に対し、いかにもそのとおりだと応じて詠まれた返しである。
この贈答ののち、姉妹は夜が明けるまで眺め明かし、明けてからみな寝た。姉がこの夜、行方も知れず飛び失せたらどう思うかと問うた不吉な言葉は、翌々年に姉が世を去ることで、あとから重い意味を帯びることになる。
初句「荻の葉の」は妹の歌の語をそのまま受ける。第二句「こたふるまでも」は、答えるまでもずっと、の意で、相手が応じるまで吹き続けることを言う。第三句「吹きよらで」の「吹き寄る」は、笛を吹きながら近寄る意に、風が吹き寄せる意を重ねている。「で」は打消の接続助詞。第四句「ただに過ぎぬる」は、そのまま何もせずに通り過ぎてしまった、の意。結句「笛の音ぞ憂き」は強意の係助詞「ぞ」と連体形「憂き」による係り結びで、笛の音そのものを主語に据えて閉じる。妹の歌が答えなかった荻の葉を軽く責めたのに対し、姉は、答えを引き出すまで吹き続けなかった男のほうを咎めており、「荻の葉」「笛の音」という同じ語を用いながら非難の向きを反転させている。物語を読み合って育った姉妹の、機知の応酬がそのまま書きとめられた場面である。
吹きよる:笛を吹きながら近寄る意に、風が吹き寄せる意を重ねる
- 出典
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更級日記
- その他の歌
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