見るままに山風荒くしぐるめり
都も今や夜寒なるらむ
- 歌の意味
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見ているうちにも山風が荒く吹き、時雨が降ってくるようだ。都でも今ごろは夜寒になっているのだろうか。
- 鑑賞
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巻第十 羈旅歌 989
詞書「熊野に参り侍りしに旅の心を」
故郷と都を思って巻を結ぶ一連の五首目で、羈旅歌の巻末歌である。見るうちにも山風が荒く時雨が降ってくる、都も今ごろは夜寒だろうかと、熊野への旅の途中で都を思う。詞書によれば、熊野に参詣した時に旅の心を詠んだ歌である。
作者の「太上天皇」は後鳥羽院である。第八十二代の天皇で、譲位後に院政を行い、『新古今和歌集』の撰進を命じた。
場面は熊野参詣の旅の途中の時雨の夜、場所は紀伊国の熊野へ向かう山中である。
直接の契機は、熊野参詣の途中で旅の心を詠んだことである。
熊野は紀伊国にある熊野三山の地で、後鳥羽院はたびたび熊野に参詣した。
初句「見るままに」は、見ているうちにも、の意である。目の前で刻々と天候の変わるさまを示す。
二句「山風荒く」は、山風が荒く吹き、の意である。本巻の第九百六十七首の「とこの山風」に続き、旅の山風が詠まれる。
三句「しぐるめり」は、時雨が降ってくるようだ、の意である。「めり」は目で見て推し量る助動詞で、ここで句が切れる三句切れである。本巻の第九百八十四首が「時雨ざりけり」と時雨を否定したのに対し、ここでは実際の時雨が詠まれる。
四句「都も今や」は、都でも今ごろは、の意である。係助詞「や」による疑問で、結句の「らん」が連体形で結ばれる。本巻の第九百八十二首の「都にも今や」と同じく、旅先から都の今を思いやる形である。
結句「夜寒なるらん」は、夜寒になっているのだろうか、の意である。「らん」は目の前にない現在の事柄を推し量る助動詞である。巻頭の第八百九十六首で元明天皇が都を移す旅の途上で「君があたり」を思いやったのに対し、巻末では後鳥羽院が旅先から都を思いやっており、天皇の歌で羈旅歌の巻が始まり、院の歌で結ばれて、都を離れる旅と都を思う旅とが巻頭と巻末で呼応している。
くまの:紀伊国の熊野三山の地
しぐる:時雨が降る
よさむ:夜の寒さ、秋の夜の肌寒さ
- 作者
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後鳥羽院
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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