年たけてまた越ゆべしと思ひきや
命なりけりさやの中山
- 歌の意味
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年老いて、再びこの山を越えることになろうと思っただろうか。命があったからこそなのだ、さやの中山よ。
- 鑑賞
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巻第十 羈旅歌 987
詞書「東の方にまかりけるによみ侍りける」
故郷と都を思って巻を結ぶ一連の三首目である。年老いてまたこの山を越えようとは思いもしなかった、命があればこそだと、若い日に越えたさやの中山を老いて再び越える感慨を詠む。詞書によれば、東国へ下った時に詠まれた歌である。
作者の西行は、俗名を佐藤義清といい、鳥羽院に北面の武士として仕えたのち出家した平安時代後期の歌人である。諸国を旅して歌を詠み、家集に『山家集』がある。
場面は老年の東国への旅、場所は遠江国のさやの中山である。
直接の契機は、東国へ下る旅でこの山を再び越えたことである。晩年の西行が東大寺再建の勧進のため陸奥へ下った折の作と伝えられる。
初句「年たけて」は、年老いて、の意である。老いた身での旅であることを示す。
二句「また越ゆべしと」は、再び越えることになろうと、の意である。「また」によって、若い日にこの山を越えた記憶が呼び起こされる。本巻の第九百三十九首の「明けばまた越ゆべき」、第九百五十六首の「今日はまた」と同じく「また」の語が詠まれるが、ここでは歳月を隔てた再びの越えである。
三句「思ひきや」は、思っただろうか、いや思いもしなかった、の意である。過去の「き」に反語の「や」が付き、ここで句が切れる三句切れである。
四句「命なりけり」は、命があったからこそなのだ、の意である。気づきの「けり」で、生きながらえたことへの深い感慨を示す。四句切れでもある。
結句「さやの中山」は、遠江国の峠で、東海道の難所として知られた歌枕である。体言止めで結ばれる。本巻では第九百七首、第九百四十首、第九百五十四首、第九百六十二首と小夜の中山が繰り返し詠まれ、雲居に一生を終える不安や、故郷を忘れよという思いが託されてきたが、この歌は同じ山を生涯に二度越えた命の感慨を詠み、小夜の中山の歌をまとめている。
たく:年を重ねる、老いる
- 作者
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西行
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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