常ならぬ世は憂き身こそ悲しけれ
その数にだに入らじと思へば
- 歌の意味
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無常なこの世では、つらいこの身こそが悲しいのだ。たとえ死んでも、生きていてほしいと惜しまれる人の数にさえ、私は入るまいと思うと。
- 鑑賞
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巻第二十 哀傷 1300
詞書「返し」
無常なこの世では、つらい我が身こそが悲しい、死んでも惜しまれる人の数にさえ入るまいと思うと、と詠む歌である。前歌の第千二百九十九首の藤原為頼の歌への返しである。為頼が、生きていてほしいと思う人が多く亡くなったと嘆いたのに対し、自分は死んでもそのように惜しまれる人の数には入るまいと、我が身を卑下して答え、無常の世に生きる身の悲しみを詠んでいる。
作者の「右衛門督公任」は藤原公任である。関白藤原頼忠の子で、権大納言に至った。和漢朗詠集を編み、拾遺抄を撰んだとされる。百人一首の「滝の音は」の歌で知られる。
初句「常ならぬ」は、無常な、の意で、すべてが移り変わることをいう。
二句「世は憂き身こそ」は、この世では、つらいこの身こそが、の意で、係助詞「こそ」は三句の已然形「けれ」で結ぶ係り結びである。
三句「悲しけれ」は、悲しいことだ、の意で、ここで句切れとなる三句切れの歌で、下の句はその理由を倒置して示している。
四句「その数にだに」は、その数にさえ、の意で、前歌の第千二百九十九首の、生きていてほしいと思う人の数をいう。「だに」は軽いものを挙げて重いものを類推させる副助詞である。
結句「入らじと思へば」は、入るまいと思うので、の意で、「じ」は打消の推量、「ば」は已然形について原因を表す。
うきみ:憂き身。つらいことの多い身
- 作者
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藤原公任
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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世の中にあらましかばと思ふ人 亡きが多くもなりにけるかな
- 次の歌
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亡き人もあるがつらきを思ふにも 色分かれぬは涙なりけり