増鏡 - 後醍醐天皇
遂にこう沈み果てるはずの報いがあるのならば、この上ない身としてはなぜ生まれたのだろう。
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さあ分からない。今よりなお憂い所がまたあるならば、この宿でさえも懐かしく思い出されるのだろうか。
道案内をする役目こそなくなってしまったとしても、この淀の渡りは忘れはしまい。
増鏡 - 尊良親王
花はやはり、あとに残る主人と語り合っておくれ。私は旅に立ち別れるとしても。
命があるので、この昆陽の軒端の月をも見た。また今後はどうなるのだろう、行く末の空は。
たいそう切なく、人に強いられた憂いの道ではあるけれども、同じ泊まりだと聞くのが嬉しいことだ。
水の泡のように消えて、憂き世を渡る我が身にとって、羨ましいのは海人の釣舟である。
花はやはり憂き世をも分け隔てせずに咲いたことだ。都も今は盛りであろうか。
跡の見える道のしおりとなっている桜花よ。この山人の情けを知ることだ。
あわれと、お前も見ているだろう。我が民と思う心は今も変わらない。
よそながらばかり思いやっていた。思ったことがあろうか、民のかまどをこうして見ようとは。
増鏡 - 千種忠顕
変わらぬことを形見として咲く花につけて、都はやはり懐かしく思い出されることだ。
色も香も変わらぬことこそがつらいのだ。都の外の花の梢は。
憂い旅だと思いきってしまいはすまい。一枝の花の情けがこうしてかかる折には。
花の春をまた見ることの難しいことよ。たとえ同じ道を行き帰ることがあるとしても。
かねて聞き知っていた久米の佐良山、そこを越えて行く道であるとは、前もって思ってなどいただろうか。