飽かざりし宿の桜を春暮れて
散りがたにしも一目見しかな
- 歌の意味
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見飽きるということのなかったあの宿の桜を、春も暮れて、散りぎわになってようやく一目見たことだ。
- 鑑賞
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第十二段 をかしげなる猫
三月の末ごろ、土忌みのためによその家に移っていたところ、そこは桜が盛りで趣深く、今まで散らずにいる花もあった。自宅に帰った翌日、作者は歌を言い送る。
花の咲き散る折ごとに、乳母が亡くなったのはこの時節であったと心が沈み、同じころ亡くなった侍従の大納言の御むすめの手蹟を見ては、わけもなくもの悲しくなる。五月のころ、夜がふけるまで物語を読んで起きていると、どこから来たとも見えないのに、猫がたいそうやわらかな声で鳴いた。はっとして見れば、たいそう愛らしい猫である。姉が、静かに、人に聞かせてはいけない、飼いましょう、と言うので、そばに寝かせて人に隠して飼った。猫は下衆のあたりには寄りつかず、姉妹の前にばかりいて、汚れた食べ物は顔を背けて食べない。やがて姉が病んで家の中が看病で騒がしくなり、猫を北面にばかり置いて呼ばずにいると、やかましく鳴きさわぐ。病の姉が目をさまして猫を連れて来るように言い、夢にこの猫が現れて、自分は侍従の大納言の御むすめがこうなったもので、しかるべき縁があってしばらくここにいたのに、このごろは下衆の中に置かれてつらい、と泣いたのだと語る。それを聞いた作者は深く心を動かされ、以後この猫を北面にも出さず大切にした。
作者は菅原孝標女。姉は同じ家で物語を読み合った姉である。侍従の大納言は藤原行成で、その御むすめの手蹟は、作者が上京した当初に手本として与えられていたものである。猫が姉の夢の中で口にする「中の君」は次女の意で、作者自身を指す。
三月の末ごろ、土忌みで移っていた家から自宅に帰った翌日。京の自宅から言い送る。
土忌みで移り住んだ先で桜が盛りであり、今まで散らずにいる花もあった。帰った翌日、その桜のことを言い送ったのがこの歌である。
返歌は記されていない。この歌のあと、花の咲き散る折ごとに乳母の死を思い、侍従の大納言の御むすめの手蹟を見てはもの悲しく過ごすうちに、五月のある夜、をかしげなる猫が現れる場面へと続いていく。
初句「飽かざりし」は、見飽きることがなかった、の意で、「し」は過去の助動詞「き」の連体形。第二句「宿の桜を」で対象を据える。第三句「春暮れて」は、春も終わりに近づいて、の意。第四句「散りがたにしも」の「散りがた」は散るころ、散りぎわのことで、「しも」は強意の副助詞。よりによってその散りぎわに、という含みを持たせる。結句「一目見しかな」の「かな」は詠嘆の終助詞で、ようやく一目見ただけであった、という心残りを言い残して閉じる。「飽かざりし」と「一目見し」が、いくら見ても足りないのにわずかしか見られなかった、という形で正面から向かい合い、そのあいだに「春暮れて」「散りがたに」と時の遅れを二重に重ねて、惜しむ気持ちを強めている。同じ段の後半で猫の話が始まるが、花の咲き散るたびに亡き人を思うという結びつきは、「散る花もまた来む春は見もやせむやがて別れし人ぞ恋しき」から引き継がれたものである。
散りがた:散るころ。散りぎわ
土忌み:陰陽道で、土公神のいる方角を犯す工事などを避け、一時よそへ移ること
下衆(げす):身分の低い使用人
おとと:年下のきょうだい
中の君:次女
かしづく:大切に世話をする
- 作者
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菅原孝標女
- 出典
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更級日記
- その他の歌
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