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わけてとふ心のほどの見ゆるかな
木陰をぐらき夏のしげりを

歌の意味
分け入って訪ねてくださる、そのお心の深さが見えることだ。木陰も暗い夏の茂りを、あのとき分けて来てくださったように。
鑑賞
第二十一段 鏡の初瀬詣で
天照御神

 母は一尺の鏡を鋳させ、自分が娘を連れて参れない代わりにと、僧を立てて初瀬に詣でさせた。三日籠って、この人の将来の有様を夢に見せてください、と願わせ、そのあいだは京にいる作者にも精進をさせる。僧は帰って、こう語った。夢も見ずに退出しては本意ないと熱心に勤行して寝たところ、御帳の方からたいそう気高く清らかな女性が、奉った鏡を提げて現れ、この鏡に願文は添えてあったかと問われた。願文はなく、この鏡を奉れとだけ言われましたと答えると、不審なことだ、願文が添うべきものを、とおっしゃり、この鏡のこちらに映る影を見よ、これを見ると悲しいぞ、と言ってさめざめとお泣きになる。見れば、伏しまろんで泣き嘆く姿が映っている。もう一方を見よと示された側には、御簾が晴れやかに巻き上げられ、几帳の下から色とりどりの衣の裾がこぼれ、庭には梅と桜が咲いて鴬が木の間を鳴きわたる景が映って、これを見るのはうれしいことよ、とおっしゃった――そういう夢を見た、と。作者はそのころ、その夢が自分の何を告げているのかにも関心を向けず、耳にもとどめなかった。
 作者にはまた、つねに天照御神を念じ申せ、と言う人があった。どこにおいでの神なのか、それとも仏なのかなどと思っていたが、しだいに分別がついて人に尋ねると、神でいらっしゃる、伊勢においでになる、紀伊の国で国造が奉るのもこの御神である、また内侍所にお守りとしておいでになる、と言う。伊勢の国までは思い及ぶべくもなく、内侍所にもどうして参り拝めよう、空の光を念じ申すほかはあるまいなどと、浮ついたことを思うのであった。
 親族である人が尼になって修学院に入ったので、冬のころ、作者は歌を贈った。相手からも返しが届いた。

 作者は菅原孝標女。母は藤原倫寧の娘で、『蜻蛉日記』の作者藤原道綱母の異母妹にあたる。父の菅原孝標はこのとき常陸の任地にある。尼になって修学院に入った人は作者の親族であるが、原文に名も素性も記されていない。初瀬は大和の長谷寺、内侍所は宮中で神鏡を安置する所、修学院は京の北東にあった寺である。

 冬のころ。修学院からの返しである。

 「涙さへふりはへつつぞ思ひやる嵐吹くらむ冬の山里」と贈ってきた作者への返しとして詠まれた。

 この贈答をもって段は閉じられる。以後、この人の消息は日記に記されない。

 初句「わけてとふ」の「わけて」は、草木を踏み分けて、の意と、とりわけ、格別に、の意とを掛けた掛詞である。第二句「心のほどの」は、その心の深さのこと。第三句「見ゆるかな」の「かな」は詠嘆の終助詞で、見えることだ、と受ける。第四句「木陰をぐらき」は木の陰が暗くなるほど茂った、の意で、結句「夏のしげりを」にかかり、体言止めのうえに倒置になっている。相手の歌が冬の嵐を詠んだのに、こちらが夏の茂りを持ち出しているのは、以前この人が夏に山を分けて訪ねてくれたことを思い出しているからである。そのときの心と、冬にわざわざ文を寄こしてくれる今の心とが同じであることを、「わけて」の一語に重ねて答えている。作者が「思ひやる」と、遠くから思うことを述べたのに対し、こちらは「とふ」と、実際に訪ねることばで応じており、思うことと訪ねることとを結びつける形になっている。

わけて:草木を「分けて」の意と、「とりわけ」の意とを掛ける
とふ:訪ねる。訪れる
ほど:程度。深さ
尼になる:出家すること
出典
更級日記
その他の歌