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み吉野は山も霞みて白雪の
ふりにし里に春は来にけり

歌の意味
吉野は山も霞んで、白雪の降っていたこの古い里に、春が来たのだった。
鑑賞
巻第一 春歌上 1

詞書「春立つ心をよみ侍りける」
 『新古今和歌集』巻第一
春歌上の巻頭に置かれた一首である。勅撰和歌集の巻頭は集全体の性格を示す位置であり、春の部の最初には立春を詠む歌を据えるのが慣例であった。詞書の「春立つ心」は立春という題を与えられて詠んだことを示す。歌は雪の深い吉野の里を舞台に、白雪の降っていた古い里にも春が訪れたと告げる内容で、集全体の開幕にふさわしい明るさをもつ。
 作者名の「摂政太政大臣」は藤原良経(九条良経、一一六九〜一二〇六)を指す。摂政関白藤原兼実の二男で、和歌所寄人の筆頭を務め、『新古今和歌集』の仮名序を執筆した。建仁二年に土御門天皇の摂政となり、のちに太政大臣に至った。
 場面の時期は立春の日、場所は大和国の歌枕である吉野(現在の奈良県吉野郡一帯)である。吉野は雪の深い山里であり、古代に離宮が置かれたことから古京、すなわち「古里」とも呼ばれた。
 直接の契機は題詠である。この歌は良経の家集『秋篠月清集』の「治承題百首」に収められており、「立春」の題によって詠まれた。
 撰進にあたって巻頭歌に据えられたことは、良経の歌人としての位置を決定づけた。良経自身の『後京極殿御自歌合』にも採られ、のちに源実朝の「今朝みれば山も霞みて久方の天の原より春は来にけり」(『新勅撰和歌集』)などの派生歌を生んだ。
 良経は『新古今和歌集』に七十九首が入集しており、西行
慈円に次いで第三位である。この歌は『定家八代抄』『定家十体』などにも採られている。

 初句「み吉野は」は大和国の歌枕である吉野を掲げる。本歌は壬生忠岑の「春立つといふばかりにやみ吉野の山も霞みてけさは見ゆらむ」(『拾遺和歌集』春)で、本歌の「み吉野の」を「み吉野は」と改め、山と里の両方を統べる主題提示の形にしている。
 二句「山も霞みて」の霞は春の景物である。雪に閉ざされていた吉野の山が霞むことで春の気配が示される。「も」は山だけでなく、下に置かれる「里」にも及ぶ含みをもつ。
 三句
四句の「白雪の 降りにし里に」では、「ふり」が「降り」と「古り」の掛詞になっている。雪が降っていたという意味と、古びた里であるという意味が重ねられ、離宮の置かれた古京としての吉野が呼び起こされる。
 結句「春は来にけり」の「けり」は詠嘆を含む助動詞で、それまで気づかなかったことに気づいた驚きを表す。白雪の白と春霞のほのかさが対照をなし、寂れた古京に訪れた明るい春の気配が印象づけられる。
 次に置かれる後鳥羽院の歌が空の春を詠むのに対し、この歌は地上の里の春を詠んでおり、二首で天と地の対をなす配列になっている。

み吉野:大和国の歌枕。現在の奈良県吉野郡一帯。古代に離宮が置かれた地
霞む:霞がかかってぼんやりと見える
ふりにし:「降りにし」と「古りにし」の掛詞。雪が降ったという意と、古びたという意を重ねる
秋篠月清集:藤原良経の家集
作者
藤原良経
出典
新古今和歌集
その他の歌