ほのぼのと春こそ空に来にけらし
天の香具山霞たなびく
- 歌の意味
-
ほのかに夜が明けて、春はまず空に来たものらしい。天の香具山に霞がたなびいている。
- 鑑賞
-
巻第一 春歌上 2
詞書「春のはじめの歌」
巻頭に置かれた良経の歌に続く二首目である。詞書の「春のはじめの歌」は、年の初め、すなわち立春を主題とした歌の意である。作者名の「太上天皇」は譲位した天皇に対する尊称で、ここでは『新古今和歌集』の撰進を命じた後鳥羽院を指す。巻頭に臣下である良経の歌を置き、二首目に院自身の歌を据えるという配列がとられている。
後鳥羽院(一一八〇〜一二三九)は高倉天皇の第四皇子である。寿永二年に践祚し、建久九年に土御門天皇へ譲位して院政を行った。和歌所を再興して藤原定家
藤原家隆らを寄人とし、『新古今和歌集』を撰進させた。承久三年の承久の乱に敗れて隠岐に配流され、その地で没した。
歌に詠まれる時刻は夜が明けはじめるころ、場所は大和国の天の香具山(現在の奈良県橿原市)である。畝傍山
耳成山とともに大和三山の一つに数えられ、天から降ったという伝承をもつ神聖な山とされた。
直接の契機は「春のはじめ」という題による詠である。本歌は『万葉集』巻十の「ひさかたの天の香具山この夕べ霞たなびく春立つらしも」(柿本人麻呂歌集)で、香具山に霞がたなびくのを見て立春を知るという趣向を受けている。
配列の上では、第一首が「春は来にけり」と地上の里に春が来たことを言い切るのを承け、この歌が「春こそ空に来にけらし」と天上の春を推し量る形になっており、二首で巻頭を構成している。
初句「ほのぼのと」は、夜がほのかに明けるさまと、霞がほのかにたなびくさまの両方を表す語で、歌全体に淡い明るさを及ぼしている。
二句「春こそ空に」の「こそ」は係助詞で、「空に」を強く指し示し、三句の「けらし」に係る。地上ではなくまず空に春が来た、という把握である。
三句「来にけらし」は「来にけるらし」の約で、「けり」に推定の助動詞「らし」が付いた形である。「らし」は確かな根拠に基づく推定を表し、その根拠は結句の「霞たなびく」に置かれている。
四句「天の香具山」は本歌の語をそのまま受けた部分で、本歌取りの中心をなす。ただし本歌が「この夕べ」と夕方を詠むのに対し、この歌は「ほのぼのと」によって夜明けに時刻を移しており、そこに作り変えの工夫がある。
結句「霞たなびく」は動詞の終止形で言い切る形である。目に見える香具山の霞を根拠として、目には見えない空の春を推し量るという構成になっており、実景から季節の推移そのものへと視線が広がっていく。
太上天皇:譲位した天皇に対する尊称
天の香具山:大和三山の一つ。現在の奈良県橿原市にある山。天から降ったという伝承をもつ
霞:春に立ちこめる細かい水気。春の景物とされる
- 作者
-
後鳥羽院
- 出典
-
新古今和歌集
- その他の歌
-