かきくらしなほふるさとの雪のうちに
跡こそ見えね春は来にけり
- 歌の意味
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あたり一面を暗くして、なお降り続く古里の雪の中に、足跡こそ見えないけれども、春は来たのだった。
- 鑑賞
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巻第一 春歌上 4
詞書「五十首歌たてまつりし時」
巻頭三首に続く立春の歌である。冒頭の三首が吉野
天の香具山
深山の庵と場所を移しながら春の到来を告げてきたのを承け、この歌も雪に閉ざされた古里を舞台にして、目には見えない春の訪れを詠む。詞書の「五十首歌たてまつりし時」は、後鳥羽院に五十首歌を詠進した折の意である。
作者の宮内卿は後鳥羽院に仕えた女房歌人で、後鳥羽院宮内卿とも呼ばれる。生没年は伝わらないが、二十歳前後で世を去ったと伝えられる。歌に打ち込みすぎて身体を損ねたという話が残る。『新古今和歌集』が初出で、十五首が入集している。
場面は立春のころ、雪の降りしきる「古里」である。古里は古京、すなわち旧都をいい、ここでは吉野の古京と解されている。
直接の契機は、建仁元年(一二〇一年)二月の老若五十首歌合に詠進した五十首の一つとして詠まれたことである。
当時まだ若年であった宮内卿がこの歌によって歌壇の注目を集めたと伝えられる。同じ五十首の中の「うすくこき野辺のみどりの若草に跡までみゆる雪のむらぎえ」は『新古今和歌集』巻第一の七十六番に採られており、こちらの「跡こそ見えね」と対をなす発想になっている。
初句「かきくらし」は「掻き暗し」で、あたり一面を暗くする意である。雪雲が空を覆う情景を一語で示している。
二句「なほふるさとの」の「ふる」は「降る」と「古る」の掛詞で、雪が降り続くという意味と、古びた里であるという意味が重ねられている。巻頭の良経歌の「降りにし里に」と同じ趣向であり、配列の上で響き合う。
四句「跡こそ見えね」の「こそ」は係助詞で、「ね」は打消の助動詞「ず」の已然形である。係り結びが結んだうえで下に続くため、逆接の働きをもち、「足跡は見えないけれども」の意になる。この「跡」は人の足跡であると同時に、春が訪れた足跡でもある。
結句「春は来にけり」は巻頭歌と同じ言い切りである。ただし良経の歌が霞という目に見える徴によって春を告げるのに対し、この歌は徴が雪に消されて見えないと言いながら、それでも春は来たと断じる。見えないものを言い当てる点に理知的な作りがある。
参考となる歌に、待賢門院堀河の「雪深き岩のかけ道跡たゆる吉野の里も春は来にけり」(『千載和歌集』春上)がある。
かきくらす:あたり一面を暗くする
古里:古びた里。ここでは古京、旧都をいう
あと:足跡。人の足跡と、春の訪れた徴の両方を指す
- 作者
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宮内卿
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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