見渡せば山もと霞む水無瀬川
夕べは秋となに思ひけん
- 歌の意味
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見渡すと山のふもとが霞んでいる水無瀬川よ。夕暮れは秋がよいなどと、どうして思っていたのだろう。
- 鑑賞
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巻第一 春歌上 36
詞書「をのことも詩をつくりて歌にあはせ侍りしに水郷春望といふことを」
第二十五首
第二十六首と同じ、詩と歌を番える催しで、同じ「水郷春望」の題によって詠まれた歌である。春の夕暮れの眺めを賞美し、秋の夕暮れをよしとする通念を退ける。
作者の「太上天皇」は後鳥羽院である。本巻では第二首
第十八首に続く三度目の登場となる。
場面は春の夕暮れ、場所は摂津国の水無瀬川(現在の大阪府島本町を流れ、淀川に注ぐ川)である。後鳥羽院はこの地に離宮を営み、たびたび訪れた。
直接の契機は「水郷春望」の題による詠である。
後鳥羽院を代表する一首として広く知られ、水無瀬の地は院と結び付けて語られるようになった。
初句「見渡せば」は視野を大きく開く語で、限られた隙間から覗いた第三十五首と対照的な入り方である。
二句
三句「山もと霞む水無瀬川」は、山のふもとが霞み、その下を川が流れるという遠景である。上下に広がりのある構図が一息に示される。
四句「夕べは秋と」は、夕暮れといえば秋がよい、という通念を指す。『枕草子』の「秋は夕暮」以来、広く共有されていた見方である。
結句「なに思ひけん」の「なに」は疑問の副詞、「けん」は過去推量の助動詞で、どうしてそう思っていたのだろう、と自らの過去を問い返す。反語に近い調子で、春の夕暮れの美しさを主張している。
景を述べる上の句と、通念を覆す下の句という二段構えであり、前半の具体と後半の批評が対をなす。同じ題で詠まれた第二十五首
第二十六首が景の描写に徹しているのに対し、この歌だけが議論を含んでいる。
みなせがは:摂津国の川。現在の大阪府島本町を流れる
やまもと:山のふもと
けむ:過去推量の助動詞。〜たのだろう
- 作者
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後鳥羽院
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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