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眺めつる今日は昔になりぬとも
軒端の梅は我を忘るな

歌の意味
眺めていた今日という日が昔になってしまっても、軒端の梅よ、私を忘れないでほしい。
鑑賞
巻第一 春歌上 52

詞書「百首歌たてまつりしに春歌」
 梅の一連を人事の側から締めくくる歌である。花を眺める今この時が過去になることを見越し、梅に向かって自分を忘れるなと呼びかける。詞書の「百首歌たてまつりしに」は正治二年の正治初度百首を指す。
 作者の式子内親王は本巻では第三首に続く二度目の登場となる。後白河天皇の皇女で、賀茂斎院を務めた。
 場面は梅の咲くころ、場所は作者の住まいの軒端である。
 直接の契機は百首歌の詠進である。
 式子内親王はこの百首を詠んだ翌年に薨去しており、後世この歌は自らの死を予感したものとしても読まれてきた。

 初句「眺めつる」は、じっと見ていた、の意で、「つる」は完了の助動詞の連体形である。
 二句
三句「今日は昔になりぬとも」の「とも」は逆接の仮定条件を表す。今日が過去になってしまっても、という意になる。まだ過ぎていない現在を、すでに過ぎたものとして先取りして見る視点である。
 四句「軒端の梅は」で呼びかけの相手が定まる。人ではなく木に呼びかけている点が、この歌の孤独を際立たせる。
 結句「我を忘るな」の「な」は禁止の終助詞である。忘れないでくれ、という願いが、返事のない相手に向けられて終わる。
 梅の一連はここまで香や色を賞美してきたが、この歌は花に自分を覚えていてほしいと願うところへ転じる。第三首と同じ作者の歌が、巻の初めと梅の結びに置かれている。

のきば:軒の端。家の軒先
とも:逆接の仮定条件を表す接続助詞。〜としても
な:禁止を表す終助詞。〜するな
作者
式子内親王
出典
新古今和歌集
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