夏果つる扇と秋の白露と
いづれかまづはおかんとすらん
- 歌の意味
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夏の果てる扇と、秋の白露と、どちらが先に置かれようとしているのだろう。
- 鑑賞
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巻第三 夏歌 283
詞書「延喜御時月次屏風に」
夏の終わりの五首目である。用のなくなる扇と、これから置く秋の露とを並べ、どちらが先かと問う。詞書によれば醍醐天皇の御代の月次屏風の歌である。月次屏風は各月の行事や景物を描いた屏風で、それに歌を添えた。
作者の壬生忠岑は平安時代前期の歌人で、『古今和歌集』の撰者の一人である。三十六歌仙にも数えられる。第二百七十二首の作者である壬生忠見は子にあたる。
場面は夏の終わり、場所は特定されない。
直接の契機は月次屏風の歌としての詠進である。
初句「夏果つる」は、夏が終わる、の意である。「果つ」はすっかり〜しきる意で、本巻では第百七十七首
第二百二十五首でも用いられた。
二句「扇と秋の」で、二つのものの一方が示される。扇は夏の道具であり、秋には用がなくなって置かれる。
三句「白露と」で、もう一方が示される。露は秋の景物であり、これから草に置く。
四句「いづれかまづは」の「か」は疑問の係助詞で、結句の「らん」に係る。どちらが先か、と問う形である。
結句「おかんとすらん」の「置く」は、扇を置く意と、露が置く意との掛詞である。一語が二つのものに同時に働くことで、問いそのものが成り立っている。夏の道具が退き、秋の景物が現れるという交替が、同じ動詞の二つの意味によって示されており、巻末近くの位置にふさわしい趣向である。
はつ:すっかり〜しきる。終わる
おく:扇を置く意と、露が置く意を掛ける
つきなみびやうぶ:各月の行事や景物を描いた屏風
- 作者
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壬生忠岑
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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