古典和歌stream

片枝さす麻生の浦梨初秋に
なりもならずも風ぞ身にしむ

歌の意味
片方の枝を張る麻生の浦梨よ。実がなるかならないか、初秋になるかならないか、いずれにせよ風が身にしみる。
鑑賞
巻第三 夏歌 281

詞書「千五百番歌合に」
 夏の終わりの三首目である。実がなるかどうかと、秋になるかどうかとを掛け、いずれにせよ風が身にしみると詠む。詞書によれば千五百番歌合に出された歌である。
 作者の宮内卿は後鳥羽院に仕えた女房歌人で、若くして世を去った。巻第一では第四首
第七十六首、巻第二では第百二十八首
第百二十九首
第百七十三首に現れた。本巻ではこれが初めての登場である。
 場面は夏の終わり、場所は麻生の浦梨の生えるところである。
 直接の契機は歌合への出詠である。

 初句「片枝さす」は、片方に枝を張り出す、の意である。木の姿が具体的に示される。
 二句「麻生の浦梨」の「麻生」は麻の生えているところで、巻第一の第百八十五首、本巻の第二百三十一首でも用いられた語である。「浦梨」は梨の一種をいう。
 三句「初秋に」で季節が示される。
 四句「なりもならずも」の「なる」は、実がなる意と、季節が初秋になる意との掛詞である。梨の実と暦の両方に働き、二句の梨と三句の初秋をそれぞれ受ける。一語で二つの句を引き受ける仕掛けになっている。
 結句「風ぞ身にしむ」は「ぞ」の係り結びで、「しむ」の連体形が結びとなる。「身にしむ」は身にこたえる、深く感じる意である。どちらであっても結論は同じだと言うことで、季節の境目における感覚の確かさが示される。

をふ:麻の生えているところ
うらなし:梨の一種
なる:実がなる意と、季節がその時になる意を掛ける
みにしむ:身にこたえる。深く感じる
作者
宮内卿
出典
新古今和歌集
その他の歌