- 歌の意味
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山里の峰の雨雲が途切れて、夕べの涼しい真木の下露よ。
- 鑑賞
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巻第三 夏歌 279
詞書「太神宮にたてまつりし夏歌の中に」
ここから夏の終わりの涼しさを詠む歌が続く。詞書によれば伊勢の大神宮に奉納した夏の歌のうちの一首である。第二百三十六首も同じ奉納歌である。
作者の「太上天皇」は後鳥羽院である。本巻では第百七十五首
第二百三十六首に続く三度目の登場となる。
場面は夏の終わりの夕べ、場所は山里である。
直接の契機は伊勢神宮への奉納歌としての詠出である。
初句「山里の」で場所を掲げる。
二句「峰の雨雲」は峰にかかる雨雲をいう。第二百六十六首の俊頼歌が山の雲隠れによって遠くの雨を知ったのと同じ景である。
三句「とだえして」は、途切れて、の意である。巻第一の第三十八首の定家歌では夢が途切れる意で用いられていた。ここでは雨雲が切れることをいう。
四句「夕べ涼しき」で、雨の去った後の涼しさが示される。
結句「真木の下露」は体言止めである。「真木」は杉や檜など、良材となる常緑樹をいう。「下露」は第二百七十一首でも用いられた語で、木の下に置く露である。雨のしずくが露として残り、それが涼しさを保つ。夕立の後を詠んだ第二百六十四首
第二百六十七首と同じ場面が、山里に移されている。
あまぐも:雨をもたらす雲
とだえす:途中で切れる。とぎれる
まき:杉や檜など、良材となる常緑樹
- 作者
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後鳥羽院
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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