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都にも今や衣をうつの山
夕霜払ふ蔦の下道

歌の意味
都でも、今ごろは衣を打っているだろうか。私は宇津の山で、夕霜を払いながら蔦の茂る下道を行く。
鑑賞
巻第十 羈旅歌 982

詞書「詩を歌に合はせ侍りしに山路秋行といへることを」
 旅路の夢と袖を詠む一連の三首目である。都では今ごろ衣を打っているだろうかと思いながら、宇津の山の蔦の下道を夕霜を払って行くと、秋の山路の旅を詠む。詞書によれば、漢詩と和歌を合わせた催しで「山路秋行」の題で詠まれた。
 作者の「定家朝臣」は藤原定家である。藤原俊成の子で、鎌倉時代初期の歌人である。『新古今和歌集』の撰者の一人である。
 場面は秋の夕暮れ、場所は駿河国の宇津の山の蔦の下道である。
 直接の契機は、漢詩と和歌を合わせて競う詩歌合での「山路秋行」の題による詠である。

 初句「都にも」は、都でも、の意である。旅先から都の様子を思いやる。
 二句「今や衣を」は、今ごろ衣を、の意である。係助詞「や」による疑問で、都で衣を打つ秋の夜なべを思う。
 三句「うつの山」の「うつ」には、衣を「打つ」の意と、駿河国の歌枕「宇津」が掛けられている。本巻の第九百五首の「衣打つなる」と同じく、衣を打つ砧が秋の旅の景物として詠まれる。
 四句「夕霜払ふ」は、夕方に置く霜を払いながら、の意である。秋の深まった山路の寒さが示される。
 結句「蔦の下道」は、蔦の茂る下の道、の意で、体言止めで結ばれる。『伊勢物語』第九段で、宇津の山の道が蔦や楓の茂る暗く細い道として描かれたことを踏まえている。前歌が夢路を詠んだのに対し、この歌は同じ宇津の山を実際に行く道を詠み、夢路と現実の道とが並べられている。

うつ:衣を「打つ」の意と、駿河国の歌枕「宇津」を掛ける
したみち:木々や草に覆われた下の道
作者
藤原定家
出典
新古今和歌集
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