袖にしも月かかれとは契り置かず
涙は知るや宇津の山越え
- 歌の意味
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袖に月の光が宿れとは、約束しておいたわけではない。涙は知っているのだろうか、この宇津の山越えのつらさを。
- 鑑賞
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巻第十 羈旅歌 983
詞書は前の歌に続き「詩を歌に合はせ侍りしに山路秋行といへることを」
旅路の夢と袖を詠む一連の四首目である。袖に月が宿れと約束したわけでもないのに、涙に濡れた袖に月が映る、涙は宇津の山越えのつらさを知っているのかと、秋の山越えの悲しみを詠む。詞書によれば、漢詩と和歌を合わせた催しで「山路秋行」の題で詠まれた。
作者の鴨長明は、鎌倉時代初期の歌人である。下鴨神社の禰宜の家に生まれ、和歌所の寄人となり、のちに出家して『方丈記』を著した。
場面は秋の夜の山越え、場所は駿河国の宇津の山である。
直接の契機は、漢詩と和歌を合わせて競う詩歌合での「山路秋行」の題による詠である。
初句「袖にしも」は、よりによって袖に、の意である。「しも」は強意の助詞である。
二句「月かかれとは」は、月の光が宿れとは、の意である。本巻の第九百三十五首の「袖の月影」と同じく、涙に濡れた袖に映る月が詠まれる。
三句「契り置かず」は、約束しておいたわけではない、の意である。六音の字余りの句で、ここで句が切れる三句切れである。本巻の第九百三十八首の「契り置きてし」が故郷の人との約束であったのに対し、ここでは約束していないのに月が袖に宿ると詠んでいる。
四句「涙は知るや」は、涙は知っているのだろうか、の意である。「や」は疑問を表す。袖を濡らす涙を擬人化し、その理由を問う。
結句「宇津の山越え」は、宇津の山を越える旅、の意で、体言止めで結ばれる。前歌が宇津の山の蔦の下道を行く夕べを詠んだのに続き、この歌は宇津の山越えの夜の涙を詠み、宇津の山の三首が夢路、道、涙と移りながら並べられている。
ちぎる:約束する
- 作者
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鴨長明
- 出典
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新古今和歌集
- その他の歌
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