沖行くや赤ら小舟につと遣らば
けだし人見て開き見むかも
- 歌の意味
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沖を行く赤く塗った小舟に土産を託して送ったならば、もしかして他の人が見つけて、開けて見てしまうだろうか。
- 鑑賞
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巻第十六 有由縁并雑歌 3868
詞書は前の歌に続き「筑前国の志賀の白水郎の歌十首」
沖を行く赤い官船に荒雄への贈り物を託しても、他の人が開けて見てしまうのではないかと案じる歌である。海に消えた夫に届けたい思いと、それがかなわない現実との間で揺れる妻の心が描かれている。
左注によれば、神亀年間に大宰府が筑前国宗像郡の宗形部津麻呂を対馬へ食糧を送る船の舵取りに任じた。老いて海路に耐えられない津麻呂は、志賀村の海人荒雄に交代を頼み、荒雄は兄弟より篤い友情から快く引き受けた。荒雄は肥前国松浦の美祢良久の崎から対馬へ船出したが、たちまち空が暗くなり暴風雨となって、海中に沈んでしまった。残された妻子が慕う思いに耐えかねてこの歌を作ったとも、筑前守山上憶良が妻子の悲しみを思いやって作ったともいう。
作者は左注に一説として示される山上憶良で、遣唐使に随行して唐に渡り、筑前守を務めた。人生の苦しみや家族への情を詠んだ歌で知られる。歌は荒雄の妻子の立場で詠まれている。
初句「沖行くや」は、沖を行く、の意である。「や」は語調を整える間投助詞である。
二句「赤ら小舟に」は、赤く塗った小舟に、の意である。赤く塗った船は官船とされる。
三句「つと遣らば」は、贈り物を託して送ったならば、の意である。
四句「けだし人見て」は、もしかして他の人が見て、の意である。
結句「開き見むかも」は、開けて見てしまうだろうか、の意である。推量の「む」と詠嘆の「かも」で、夫に届かない不安を示している。
あからをぶね:赤く塗った小舟。官船とされる
つと:贈り物、土産
- 作者
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山上憶良(一説)
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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沖つ鳥鴨とふ船は也良の崎 廻みて漕ぎ来と聞こえ来ぬかも
- 次の歌
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大船に小舟引き添へ潜くとも 志賀の荒雄に潜き逢はめやも