- 歌の意味
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鶯の声がなかったならば、雪の消えない山里では、どうして春が来たことを知ることができようか。
- 鑑賞
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巻第一 春歌 10
詞書「天暦十年三月二十九日内裏歌合に」
雪が消えずに残る山里では、鶯の鳴き声だけが春の到来を知らせるものだという歌である。景色からは春を感じ取れない山里の暮らしを思いやり、鶯の声の大切さを反実仮想によって強調している。詞書によれば、天暦十年三月二十九日に内裏で催された歌合に出された歌である。
作者の「中納言朝忠」は藤原朝忠である。三条右大臣藤原定方の子で、中納言に至った。三十六歌仙の一人に数えられる。
初句「鶯の」は、前の一連の雪の歌を受けて、春を告げる鶯へと話題を移す。
二句「声なかりせば」は、「せば」が反実仮想の条件を表し、結句の「まし」と呼応する。
三句「雪消えぬ」は、雪がまだ消えずに残っている意で、立春後も雪が残る景を詠んだ本巻の第七首、第八首を受けている。
四句「山里いかで」は、「いかで」が反語を表し、どうして知ることができようか、いやできない、という意を導く。
結句「春を知らまし」は、反実仮想の助動詞「まし」で結び、鶯の声こそが山里に春を知らせるしるしであることを示す。
やまざと:山中の村里
- 作者
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藤原朝忠
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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わが宿の梅にならひてみ吉野の 山の雪をも花とこそ見れ
- 次の歌
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うち霧らし雪は降りつつしかすがに わが家の園に鶯ぞ鳴く