わが宿の梅にならひてみ吉野の
山の雪をも花とこそ見れ
- 歌の意味
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我が家の梅の花を見慣れて、吉野の山の雪までも花と見てしまうことだ。
- 鑑賞
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巻第一 春歌 9
詞書「題しらず」
我が家の庭に咲いた梅を見慣れた目で、吉野山に残る雪までも花と見てしまうという歌である。身近な梅から遠い山の雪へと視線を広げ、春を待ちわびる心が雪を花に見せることを詠む。
初句「わが宿の」は自分の家の意で、身近な庭から歌い起こす。本巻の第十五首、第七十二首も同じ初句で始まる。
二句「梅にならひて」は、「ならふ」が慣れ親しむの意で、梅の花を見慣れた目で、という意を表す。
三句「み吉野の」は、本巻の第一首の「三吉野の」と同じく吉野を美しくいう表現で、身近な宿と遠い吉野の山との遠近の対比をなす。
四句「山の雪をも」は、「も」が添加を表し、山の雪までも、という意である。
結句「花とこそ見れ」は、「こそ」と已然形「見れ」の係り結びで、雪を花と見なす見立てを強調する。前歌が雪を散る花と見たのに対し、本歌は雪を咲く花と見ている。
ならふ:慣れる。慣れ親しむ
やど:家。住まい
- 作者
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よみ人しらず
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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春立ちて猶ふる宮は梅の花 咲くほどもなく散るかとぞ見る
- 次の歌
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鶯の声なかりせば雪消えぬ 山里いかで春を知らまし