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鳴く声はまだ聞かねども蝉の羽の
薄き衣は裁ちぞ着てける

歌の意味
蝉の鳴く声はまだ聞いていないけれども、蝉の羽のように薄い夏の衣は、もう裁って着てしまったことだ。
鑑賞
巻第二 夏歌 79

詞書「天暦御時の歌合に」
 蝉の声はまだ聞こえないが、蝉の羽のように薄い夏衣はもう仕立てて着ている、と衣替えによって夏の訪れを示した歌である。季節の景物である蝉より先に、身にまとう衣が夏を告げるという順序の逆転に趣向があり、夏歌の巻頭にふさわしく初夏の軽やかさを伝えている。詞書によれば、村上天皇の天暦の御代に催された歌合に出された一首である。
 作者の「大中臣能宣」は、平安時代中期の歌人で、伊勢神宮の祭主を務めた大中臣氏の出である。梨壺の五人の一人として後撰和歌集の撰進と万葉集の訓読に携わり、三十六歌仙に数えられる。

 初句「鳴く声は」は、蝉の鳴き声をいう。巻第一の第一首が暦の上の立春から春を詠み起こしたのに対し、本巻は衣替えという暮らしの変化から夏を詠み起こしている。
 二句「まだ聞かねども」は、まだ聞いていないけれども、の意で、「ども」は逆接の接続助詞である。季節の到来を耳で確かめる前であることを示す。
 三句「蝉の羽の」は、蝉の羽のように、の意で、四句の「薄き」を導く比喩である。蝉そのものではなく羽の薄さから夏を詠み出す点に工夫がある。
 四句「薄き衣は」は、夏に着る薄い衣をいう。本巻では第八十一首、第八十二首でも衣替えや夏衣が詠まれ、本歌はその先駆けとなっている。
 結句「裁ちぞ着てける」は、衣を裁って仕立て、もう着てしまったことをいう。「ぞ」は係助詞で、連体形の「ける」で結ぶ係り結びとなる。

たつ:布を切って衣服に仕立てる。裁つ
作者
大中臣能宣
出典
拾遺和歌集
前の歌
常よりものどけかりつる春なれど 今日の暮るるは飽かずぞありける
次の歌
我が宿の垣根や春を隔つらん 夏来にけりと見ゆる卯の花