二声と聞くとはなしに郭公
夜深く目をもさましつるかな
- 歌の意味
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二声と続けて聞いたわけでもないのに、ほととぎすの声のために、夜更けに目を覚ましてしまったことだ。
- 鑑賞
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巻第二 夏歌 105
詞書「同じ御時の御屏風に」
ほととぎすの声を二声と聞いたわけでもなく、ただ一声のために夜更けに目を覚まし、そのまま眠れずにいると詠む歌である。たった一声にも心を奪われるほど、ほととぎすの声を待ちわびる気持ちを表している。詞書によれば、前歌と同じく村上天皇の御代の屏風に添えた歌である。
作者の「伊勢」は、平安時代前期から中期の女流歌人で、藤原継蔭の娘である。宇多天皇の中宮温子に仕え、中務の母となった。三十六歌仙に数えられる。
初句「二声と」は、二度続けて、の意で、ほととぎすの声はなかなか二度とは聞けないものとされたことを踏まえる。本巻の第九十七首の「一声」、第百六首の「今一声」とも呼応している。
二句「聞くとはなしに」は、聞いたというわけでもないのに、の意である。
三句「郭公」は、一声だけ鳴いたほととぎすをいう。
四句「夜深く目をも」は、本巻の第九十六首の四句と同じ語句である。第九十六首が初声を聞きたさに目を覚ましたのに対し、本歌は一声を聞いたために目を覚ましており、同じ下の句で事情を反転させている。
結句「さましつるかな」は、第九十六首と同じ結句で、目を覚ましてしまったことよ、の意である。「かな」は詠嘆の終助詞である。
ふたこゑ:二度鳴く声。ほととぎすは二声と続けて鳴くことがまれとされた
- 作者
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伊勢
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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さ夜更けて寝覚めざりせば郭公 人づてにこそ聞くべかりけれ
- 次の歌
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行きやらで山路暮らしつほととぎす 今一声の聞かまほしさに