さ夜更けて寝覚めざりせば郭公
人づてにこそ聞くべかりけれ
- 歌の意味
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夜が更けてから目を覚まさなかったならば、ほととぎすの声は、人づてに聞くことになっていただろう。
- 鑑賞
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巻第二 夏歌 104
詞書「天暦御時の歌合に」
夜更けにふと目を覚ましたおかげでほととぎすの声を自分の耳で聞けたが、もし目覚めなかったら人づてに聞くしかなかっただろうと詠む歌である。偶然の目覚めによって声に出会えた喜びを、反実仮想の形で表している。詞書によれば、村上天皇の天暦の御代に催された歌合に出された一首である。
作者の「壬生忠見」は、平安時代中期の歌人で、壬生忠岑の子である。天徳四年の内裏歌合で平兼盛と競った歌で知られ、三十六歌仙に数えられる。
初句「さ夜更けて」は、夜が更けて、の意で、「さ」は接頭語である。
二句「寝覚めざりせば」は、目を覚まさなかったならば、の意で、「せば」は反実仮想の条件を表す。本巻の第九十九首の「宿らざりせば」と同じ構文で、偶然の幸運を詠む点も共通する。
三句「郭公」は、夜更けに鳴くほととぎすをいう。
四句「人づてにこそ」は、人から伝え聞く形で、の意で、「こそ」は係助詞であり、結句の「けれ」で結ぶ係り結びとなる。本巻の第九十八首が人づてに知らせてほしいと願ったのとは反対に、本歌は人づてではなく自ら聞けたことを喜んでいる。
結句「聞くべかりけれ」は、聞くことになっていただろう、の意で、四句の「こそ」を受けて已然形の「けれ」で結ぶ。
ひとづて:他人を通じて伝えること。人伝て
- 作者
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壬生忠見
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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山がつと人は言へども郭公 まづ初声は我のみぞ聞く
- 次の歌
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二声と聞くとはなしに郭公 夜深く目をもさましつるかな