吹く風に散るものならば菊の花
くもゐなりとも色は見てまし
- 歌の意味
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吹く風に散るものであるならば、菊の花よ、遠い雲の上の宮中に咲いていても、散ってくる花びらでその色を見ることができたろうに。
- 鑑賞
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巻第十七 雑秋歌 1121
詞書「天暦御時、菊の宴侍りける朝に奉りける」
菊の花が風に散るものならば、雲の上の宮中に咲いていても、その色を見ることができたろうにと詠む歌である。詞書から、村上天皇の御代に宮中で菊の宴が催された翌朝に奉った歌とわかる。散ることのない菊の花を前提に、宮中の宴に加わることのできなかった身の、菊を見られなかった残念さを訴えている。
作者の壬生忠見は、古今和歌集の撰者壬生忠岑の子である。天徳内裏歌合で平兼盛と競ったことで知られ、三十六歌仙に数えられる。
初句「吹く風に」は、吹く風に、の意である。
二句「散るものならば」は、散るものであるならば、の意で、事実に反する仮定を表し、結句の「まし」と呼応している。
三句「菊の花」は、前歌の第千百二十首の「そが菊」、次歌の第千百二十二首の「菊」と、菊の歌が並んでいる。
四句「くもゐなりとも」は、「くもゐ」が「雲居」すなわち空と、宮中を掛ける掛詞で、宮中に咲いていても、の意となる。
結句「色は見てまし」は、色は見たであろうに、の意で、「まし」は反実仮想の助動詞である。
くもゐ:「雲居」すなわち空の意と、宮中の意を掛ける
- 作者
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壬生忠見
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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かの見ゆる池辺に立てるそが菊の 茂みさ枝の色のてこらさ
- 次の歌
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老いが世に憂きこと聞かぬ菊だにも うつろふ色はありけりと見よ