行きやらで山路暮らしつほととぎす
今一声の聞かまほしさに
- 歌の意味
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先へ進むことができず、山道で一日を暮らしてしまった。ほととぎすの声を、もう一声聞きたいばかりに。
- 鑑賞
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巻第二 夏歌 106
詞書「北宮の裳着の屏風に」
ほととぎすの声をもう一声聞きたいばかりに、山道を先へ進めずに日を暮らしてしまったと詠む歌である。旅の歩みを止めてしまうほど、ほととぎすの声に心を引かれるさまを表している。詞書によれば、北宮と呼ばれた皇女の裳着の祝いの屏風に添えた歌である。
作者の「源公忠朝臣」は、光孝天皇の孫にあたる平安時代中期の官人、歌人である。醍醐天皇に仕えて蔵人頭などを務め、三十六歌仙に数えられる。
初句「行きやらで」は、先へ進みきれずに、の意で、「で」は打消の接続助詞である。
二句「山路暮らしつ」は、山道で日を暮らしてしまった、の意で、「つ」は完了の助動詞である。ここで句切れとなり、下の句とは倒置の関係になる。
三句「ほととぎす」は、山道で鳴くほととぎすをいう。本巻の第九十七首と同じく、山越えの道でほととぎすを聞く場面である。
四句「今一声の」は、もう一声の、の意である。前歌の「二声と聞くとはなしに」を受け、もう一度鳴くのを待つ心を詠み、二首が呼応する。
結句「聞かまほしさに」は、聞きたさに、の意で、本巻の第九十六首の二句と同じ語句である。倒置によって、山路で日を暮らした理由を後から示している。
ゆきやる:先へ進む。行き着く
もぎ:女子が成人して初めて裳を着ける儀式。裳着
- 作者
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源公忠
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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二声と聞くとはなしに郭公 夜深く目をもさましつるかな
- 次の歌
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この里にいかなる人か家居して 山郭公絶えず聞くらむ