この里にいかなる人か家居して
山郭公絶えず聞くらむ
- 歌の意味
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この里にどのような人が住まいを構えて、山のほととぎすの声を絶えず聞いているのだろうか。
- 鑑賞
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巻第二 夏歌 107
詞書「敦忠朝臣の家の屏風に」
ほととぎすの声が絶えず聞こえる里に住む人をうらやみ、どのような人がここに住んでいるのだろうかと思いやる歌である。屏風に描かれた里の住人に思いを寄せ、ほととぎすを存分に聞ける暮らしへの憧れを表している。詞書によれば、藤原敦忠の家の屏風に添えた歌である。
作者の「つらゆき」は紀貫之である。古今和歌集の撰者の中心人物で、仮名序を執筆し、土佐日記を著した。三十六歌仙に数えられる。
初句「この里に」は、屏風に描かれた里をさす。
二句「いかなる人か」は、どのような人が、の意で、「か」は疑問の係助詞であり、結句の「らむ」で結ぶ係り結びとなる。
三句「家居して」は、住まいを構えて、の意である。
四句「山郭公」は、山にいるほととぎすをいう。本巻の第九十五首、第九十七首に続き「山郭公」の語が用いられる。
結句「絶えず聞くらむ」は、絶えず聞いているのだろうか、の意で、「らむ」は現在推量の助動詞の連体形で、二句の「か」を受けて結ぶ。前歌がもう一声を求めて山路にとどまったのに対し、本歌は絶えず声を聞ける人を思い描き、一声と絶えざる声の対比をなしている。
いへゐ:住まいを構えて住むこと。家居
- 作者
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紀貫之
- 出典
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拾遺和歌集
- 前の歌
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行きやらで山路暮らしつほととぎす 今一声の聞かまほしさに
- 次の歌
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五月雨は近くなるらし淀河の あやめの草もみくさ生ひにけり