てる月のながるゝ見ればあまの川
いづるみなとは海にざりける
- 歌の意味
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照る月が流れて海に沈んでいくのを見ると、天の川の流れ出る河口は海にあったのだなあ。
- 鑑賞
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一月八日、差し支えがあって、一行はなお大湊にとどまっていた。この夜の月は海に沈んでいった。これを見て、在原業平の「山のはにげて入れずもあらなむ」という歌が思い出される。業平がもし海辺で詠んだなら、「浪たちさへて入れずもあらなむ」と詠んだであろうか、と日記の書き手は思いをめぐらせる。
在原業平は平安時代前期の歌人で、六歌仙の一人である。思い出された歌は、古今和歌集と伊勢物語に見える「あかなくにまだきも月のかくるるか山の端にげて入れずもあらなむ」で、惟喬親王との狩りの夜、早く寝所に入ろうとする親王を引きとめて詠んだものである。
この歌は、業平の歌を思い出したある人が、海に沈む月を見て詠んだものである。
この歌に対する人々の反応は記されていない。月を詠む歌は、一月十七日の「みなそこの月のうへより漕ぐふねの棹にさはるは桂なるらし」や、一月二十日の阿倍仲麻呂の歌の場面へと続いていく。
初句「てる月の」は、照り輝く月が、の意。第二句「ながるゝ見れば」は、月が空を流れるように移って海に沈んでいくのを見ると、という意で、「ながるる」は次の「あまの川」と縁のある語である。第三句「あまの川」は天の川で、月がその流れに乗って進むと見立てている。
第四句「いづるみなとは」の「みなと」は水の出入り口、すなわち河口のこと。結句「海にざりける」の「ざり」は「ぞあり」がつづまった形で、海にあったのだなあ、と気づきの詠嘆をこめて結ぶ。
業平の「あかなくにまだきも月のかくるるか山の端にげて入れずもあらなむ」が、月が山の端に入るのを惜しんだのに対し、この歌は月が海に入る海辺の情景に置きかえ、天の川の流れ出る口は海だったのだ、とおもしろく理屈づけている。
みなと:水門。川が海に注ぐ所。河口
山の端(やまのは):山の稜線。山と空の境目
- 作者
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紀貫之
- 出典
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土佐日記
- 前の歌
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ゆく人もとまるも袖のなみだ川 みぎはのみこそぬれまさりけれ
- 次の歌
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おもひやる心は海を渡れども ふみしなければ知らずやあるらむ